風へ消えた
塩崎みあき

漁村の上空には
薄墨を流した
空が広がる
風つよく
斜めに傾く
松はつらく
ゆられている
歩調をゆるめ
この白灰色の村
確かにあるはずの
日常を
一歩ずつ
踏み潰してゆく
おまえは
知らない
コートの裾の
哀しい孤独

魚等を干す竿に
わづかばかりの
細長い柿が吊るされ
奥の建物の破れに
隙間風
が啼いている
のに聴き入り
人魚の啼き声はきっと
こんな風だろうと思った

港とおぼしき場所に
船はひしめき合い
ただ波に揺られているだけだった
沖の青黒い海は荒れ
三角形の白波が
互いを殺しあい
これが
生活かとおののく
そんな
遠大な海の
ひと椀をすくう喜びを
おまえは
知らない
この手に収まる
椀型の海の広さ

茜さすことなく
暮れてゆく村の
岸壁に
一人の老婆が座っていて
皺のよった手で
かすかに拍子をとり
子守唄を歌う
老婆に子はなかったが
母のように
慈愛に満ちた表情で
荒れた海に
投掛けるように
歌う
おまえは
知らない
波の激情に
打ち砕かれた
おまえのはらから

今日はきびしい海風の
この村
立ちつくし
想っている
故郷の明るさも
吹きかき消され
所在無く
歩く
暗い頭上を
猛禽の一羽が
旋回飛行している
けれどおまえは
天にも地にも
属さないので
何も知らず
海であるように
大気であるように
おまえ

おまえの孤独だった

海岸線の果てしなく
湾曲した道を行くと
いつの間にか
村を過ぎていた
後戻りできず
かすかな後悔を
翳る瞼に積もらせて
おまえは
知らない
こんなにも灰色な風向き


自由詩 風へ消えた Copyright 塩崎みあき 2010-10-16 01:44:19
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