そこに笑顔はあるか
乾 加津也

「仕事に貴賎なし」で渡りあるく


暗証とID
待機室はいくつものセキュリティチェックをくぐった先にある
「夢のバイト。ジャンボ機ですよね」
マニアは聞けばいろいろ教えてくれるが
夜の羽田 あちこちやぶれた闇の掃き溜め
おとなしすぎた なんとなく
ジュースの自販機にコインを突っこむもの
ところかまわず寝っころがるもの
茶髪の枝毛からわけありの子持ちまで十五人
壁掛時計ひとつの部屋でひたすら指示をまつ

 ビーンと連続音が地鳴りのように耳をつんざく
 やがて目の前に現れたボーイングトリプルセブン!
 いくつもの投光器で浮かびあがる 白い腹のたるみ
 地鳴りに負けじと大声を張りあげる
 とてつもなく長いモップをくじらの腹に押しつけ
 滴りおちる洗剤は風に濾されて痛みに変わる
 頭上を縦にまっすぐ拭いてゆく
 「水拭きは洗剤が機体を損傷させないためにしっかりやれ」
 「うまい乾拭きはふき取るだけじゃない、光沢がでるんだ」

呼び出しがかかる
風速が基準値内におさまり作業の許可がでたらしい
どこからともなくため息とともに
にょろにょろが順々に立ちあがり
マイクロバスでスポットまで移動すると
一列になって機体の底に見えなくなった
夢の仕事は
そんなにょろにょろたちに与える
味気ない餌のようなものだった

仕事に貴賎はなかったがつづきがある
ひとたび足を踏み入れたなら
初心貫徹 誇れる仕事でありつづけること
己の
底深い闇の土手際に笑顔の種を
今日も明日も明後日も
なみだとともに撒きつづけること



フライトは爽快だ
希望もつないで光るだろう
のっぺりも若気の至りも丸ごとのせて
夢のくじらは離陸する


自由詩 そこに笑顔はあるか Copyright 乾 加津也 2010-10-12 11:34:55
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