ぼくがいる証拠
アンテ


ふわりと風に持ち上げられて
風船はまた
地面に這いつくばる
いつの間にか
ずいぶん膨らんだ気がする

大きく息を吸って
ゴムの口に吹き込む
酸素と二酸化炭素の比率
だけが
中と外の違いだろうか
薄いゴム一枚を隔てて
ふたつの気体は
互いを押し潰そうとする
指で強く押さえていなければ
今にも飛んでいきそうだ

ずいぶん大きく膨らみましたね
通りがかりの人が立ち止まる
ぼくが息を吹き込むのを
しばらく不思議そうに眺めてから去っていく

今やめてしまえば
口を縛れば
風船はだれかの手に渡るだろう
次の日 萎んでしまったのを見つけて
もっともらしい説をとなえ
困ったフリをして風船を捨ててしまうだろう

次から次へと
人がやってきて
風船の大きさを測ったり
指で押したりする
風船の色について論じる人もいる
けれど最後は同じ
さよならも言わずに去っていく

割れる
と思った瞬間
ぼくの手から風船が舞い上がる
ぶるるるるるぅ
螺旋を描いて長い息を吐ききって
ゴムが萎んで
風船はやがて落ちてくる
居合わせた人たちは一様にため息をついて
目のやり場を探す

ポケットから新しい風船を取り出す
大きく息を吸い
ゴムの口に吹き込む
ぼくがいる証拠に
すこしだけ膨らむ
最初はいつだって楽しい
みるみる大きくなるのが判るから

いつの間にか
人の姿はどこにもない

吸うまえの空気と
吐く息は
なにがちがうのだろう

ぼくがいる証拠に
くたびれた風船が地面に転がっている
人々に踏みつけられて
泥だらけだ
いくつも
いくつも



自由詩 ぼくがいる証拠 Copyright アンテ 2003-04-04 01:19:05
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びーだま