修繕作業
涙(ルイ)

かわいげのない子供でした
大人のずるさを知ったのが3つの頃で
愛想笑いを覚えたのが5つの頃でした


かわいげのない子供でした
こっちへ行けば ばあさんにそっくりだと拒絶され
あっちへ行けば あの女にそっくりだとぶん殴られ
この世に味方なんかひとりもいないことを悟ったのも
ちょうど5つの頃でした


大人の顔色ばかり伺うようになって
自分のホントの気持ちがよくわからなくなったのが6つの頃で
下ばかり向くようになったのが8つの頃でした


ぐっすり眠れたためしなんて一度もないし
いつも何かしらが壊れる音が聞こえてきて
ああ これは間違いなくこの家族が壊れていく音だと
浅い眠りの中でぼんやり考えていたのが9つのころでした


妙に老成した子供だったと思います
間違いなくかわいげのない子供でした
愛想笑いは得意だけれど
人を愛することも 人に愛されることも
超がつくほど不器用でした


ホントの気持ちなんて誰にも見せないし
見せてしまったら 何をされるかわかりません
愛想笑いを浮かべ 顔色を伺い
怒らせないように 怒らせないように
それが私の 生きる最後の手立てでした


はやく死んでくれたらいいのに
どこかで事故にでも会わないかな
どこかのやさしい殺し屋が
あいつのどてっぱらに一発ぶっぱしてくれないかな
そんな妄想にばかりふけるようになっていき
いつしか 自分で家に火を放つことさえ想像していました


私の精神は徐々に壊れていき
抜け殻のように なにもできなくなってしまいました



まったく お決まりコースにもほどがありますよね
面白くもおかしくもない話を聞かせてしまって
本当にごめんなさい


きっとこんな話は 世間じゃゴロゴロ転がっているし
幼いまま 返事をしないからと云って
ごはんをちょっとこぼしたからと云って
殺されてしまう子供たちが大勢いること
痛いほどわかってるつもりなのです


ただ あなたに話してみたかったのよ
あなただから 話したいと思ったのよ
わかってほしいなんて そんな図々しいことは望まないわ
だって雨はとっくに上がってしまって
さっきから冷たい秋風が 音も立てずに窓をなぜている
そんな夜長だから 話をしたかったのよ



かわいげのない子供でした
淋しいなんて口にできなかったし
繋ごうとした手を振り払う
汚いものでも見るような眼で


月日はすぎて 大人になって
もう愛想笑いすることも
老成したふりをすることなんてしなくてよくなったけど
淋しいときに淋しいって云えるようにもなったけど
子供時代に置き忘れてきた感情を
今頃になってあたふたしながら
必死になって探しているのです


器用に振舞っていたつもりだけど
ホントは全然器用なんかじゃなくて
いつもビクビク怯えてばかりいたんだと
自分の家の扉を開けるのさえ
体がこわばって 震えがとまらなかったんだと
本当は強く強く抱きしめてもらいたかったんだと
もっともっと私を見てほしかったんだと
愛してほしかったんだと
愛されてる実感がほしかったんだと
愛想笑いなんかホントはしたくなんかなかったんだと
好き好んで妙に大人びたりなんかしたくなんかなかったんだと

発せられる感情を押し殺すのではなくて
ちゃんとちゃんと受け止めて
ちゃんとちゃんと抱きしめて
ちゃんとちゃんと愛してあげなくてはと


かわいげのない子供でした
あのころはすべてを諦めていたけれども
諦めの悪い大人でいてやろうと思います
ジタバタしながら地団駄踏みながら
したたかに生きてやろうと


したたかに
しなやかに


自由詩 修繕作業 Copyright 涙(ルイ) 2010-10-11 00:04:27
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