夕暮れに似合う歌
真島正人


唐突な出張でもないのに久しぶりに
夕暮れの新神戸駅に一人
立っていた
こじ開けられたまぶたのような
雲の向こうに
夕陽がぎらり
虹は見えない
天使も見えない

救命器具をくださいと
小さな女の子の声で
ささやくような気がして振り向くと
そこには線路が
ごうごうとうなり声を立てていた
列車が来たわけでもないのに線路は
それ一つだけで
ごうごうと

唐突な夕暮れでもないのに夕暮れは
こんなふうに一人ぼっちを
奮い立たせて
キッチンに立っている女の人の匂いや
ベッドの中の若かった
女性の匂いを
季節柄に合うカーディガンみたいに
僕にかぶせてしまった
寝言を言えばよかったな
もっと
かわいらしい寝言で
あの娘に
許してもらえばよかった

どうしてだろう
どうして
やせっぽちの人見知りに
なっちゃうんだろう
でくの坊みたいに
年月を重ねて
キッチンのドアのほうが良かったな
キッチンペーパーよりも
油をふき取るのにばかり
夢中になって
開けたり閉めたりできる役目を
すっかり忘れていた

夕暮れは
アコースティックギターみたいに優しい
飴玉みたいに甘い
ぶかぶかの服みたいに包容力があると
教えてもらった
そう思ってずっと
夕暮れを駆け抜けてきた
いろんな駅から
夕暮れを見た
でも
本当の夕暮れは
いつも僕を追いかけて
僕を悲しくさせる
二つあってそれらが
一つにならないことをさし示して
空の赤さから
僕を射程して
何か空白のような目に見えないものを
放り投げ続けていた

唐突な出会いだったのに
人を愛せなかった
僕はおおよそ24時間無力で
若いのに
道端にしゃがみこんでいた
黒い服ばかり着て
いろんな色を吸収していた
画用紙にいろんな色をつぎ込んでいくと結局黒くなっていくのに
結局黒くなっていくのに
結局黒くなっていくのに

仲のいい二人は
今は離れ離れになって
新神戸駅の夕暮れから
どれぐらい遠く
離れているだろう
夕暮れは
黙って頭をうなだれて
意地悪そうな目で
僕を慰める
唐突なことが
いくつ重なったって
奇跡とは違うんだって
教えてくれたら
僕は歌を歌うだろう
夕暮れに似合うような唐突でへんてこな歌を



自由詩 夕暮れに似合う歌 Copyright 真島正人 2010-10-07 01:19:00
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