狭苦しいバー
真島正人
息が詰まるほどの
狭苦しい都心のバーで
ビートルズを延々と
聞き流しながら
炭酸で割った
スピリッツを飲む
気心の知れた
大学からの友人と3人
「疲れたね」
「煤けたね」
と
口には出さないけれど
援護射撃のように
語り合う
「いつから僕たちはこんなにも」
が今回の
隠されたテーゼで
何かほかの事を
話そうとするのに
いつかの
時点から見た僕たちの
疲れた後姿が
会話の周縁を
衛星のように
飛び回っている
「プロコルハルムの『ソルティドッグ』
のジャケットが見たくなってきた。ビートルズを止めろ」
と友人が言うと
バーテンは黙って
細野晴臣の『トロピカルダンディー』のジャケットを
酒と一緒に持って来た
ほらこれやるよ
これでも食らえと
いわんばかりに
あと、バナナチップを少々。
煙たい、煙たいぞ
誰か煙草を
吸いやがったなって
あれ、
俺いつから
嫌煙家になったんだっけと
思うと
「思想なんて、そんなものさ」
と、見知らぬ誰かが近い席でしゃべった
たぶん、そう聞こえた
からん、ころん
からん、ころん
と、店のドアが開いたり
グラスの中の氷が鳴ったり
いろんな音が急に
耳の穴の奥に
潜り込んできて
僕は驚いて
店内を見回す
ここは、
なんて狭い
息苦しいバーなんだ
俺は
こんなところに
長い間
通い詰めて
いったいこんな
狭苦しい空間から
何の想像力を
与えられたというのだ
血か?
赤い血で巡っていく
誰にでもあるあの
想像力か?
水面下は凪いで
表向きだけ
あわ立っているような
ばかばかしいあの
ありふれた
潤沢
※
※
ありがとう
さようなら
××
ありがとう
さようなら
先生
ありがとう
さようなら
虫たち
ありがとう
本当に
ありがとう
こんや僕たちは
結婚します
え?
何と?
よくわかりませんでも
おしまいなので
結婚します