ワルキューレの騎行
乱太郎


おお!惨めな言葉よ
食い千切られた月の破片
ヘロデ王に捧げられたパウロの首
銀の皿の上で
罵られる美徳の使者よ


コロセウムの群衆に交じって、僕は祈りを捧げた。粘土板に呪いの
息を吹きかけ、エジプトの蛇の杖で床を叩き、ライオンの餌食にさ
れていくのを眺めながら。止める者はいなかった。ブービー教の神
ですら。呪われているのは、言葉そのもの。ゲーデルが不完全性定
理を見つけるまでもなく、赤子になる以前から、矛盾と非合理に産
み落とされていた。罪なのは、森の焚き火と共に人間が拾って育て
ようとしたことだ。悲鳴が!悲鳴が!逃げ惑う姿に歓喜しているの
は、黒衣の一羽の鴉か。理性は陳腐なお伽話に縋っていた無邪気な
幼児。揺り籠から振り落とされてしまえば、嵩張る落ち葉。僕は叫
んだ。どこに?虚ろな空に!言葉で無く唸り声を。


    *


  おお!錯乱こそが歴史の踏み台
  未だ完成しないバビロンの塔
  埋もれたままのチベットの秘宝
  理性は棺に納められ
  闇夜に徘徊する悪霊よ


僕は途方に暮れていた。贅沢な饗宴に。都会はオレンジ色に染まり
昼を喰いつくそうとしていた。白夜の首には、紅い唇と白濁の唾液
の勲章が掲げられ、鎧に身を包んだ聖者は地下室で意味もない呪文
を唱えている。神はとっくに死んでいるというのに。代わりに台頭
してきたのは、二足歩行の単純な記号だ。オセロゲームで支配する
メビウスの輪だ。並んだ豚肉をフォークで刺しているのは、僕の右
手で無く、おそらく無関心というメタリック思想。それでいいのだ。
絶対の真理とは、がらんどうな塔。水脈の枯れた砂漠。求めようと
したから、迷い子になってしまったのだ。月が浚っていった。僕の
内臓を!心臓と肝臓と大腸を!血液は薄青く毀れている。


    *


ビスコンスティの叫びが
閃光となって地平の闇を沸騰させる
死に誘うのは女神
無限に彷徨い漂う海の泡立ち
煉獄の誕生の瞬間

真紅の血が舐める死海のほとり
光沢を放つ鋼鉄の剣
前世で言葉と呼ばれていたものが
裏切りの本性を露わにして
七つの預言書の封印を解く
 


自由詩 ワルキューレの騎行 Copyright 乱太郎 2010-10-01 17:10:47
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