一時間
塩崎みあき

電車の座席は
前から二両目
真中のドアから入って
進行方向を向いて左側の一番近く
いつも同じ席に座るよう決めている
これからの一時間
を有意義に
過ごすことを目標に
新書判を開く
スキマ時間活用なんとか
かんとか

近頃は
有意義な時間の使い方を
学ぶための時間が必要で
時間をそつなく使うことが
常識人の間では
美学とされているのか

そんなことを
考え
ぼんやり
読んでいたので
さっき乗り込んだ駅に
思念だけ置きざりにしてしまった事に
今気付いた
仕方なく
夕暮れの
相変わらない街と田園を眺めた
河を渡ってすぐの住宅密集地には
線路のすぐ際まで建物が建ち連なっている
突然に
ぽかんと広い空き地があって
その丁度真ん中あたりに
古い木製の電柱が立っている光景を見た

と思って目で追ったが
もう遥かうしろ
斜向かいに座っていた
綺麗な感じの少年と目が合って
恥ずかしくなった
少年は気にする様子もなくどこか遠くを見詰めた

 夜は孤独で構成されているからね

ふいに
そんな言葉がよみがえった
おととし海で溺れて亡くなった青年の
弟が発した言葉
この弟も今は記憶の中だけの人間なのだ

その空き地は住宅街には不釣合いであった
街のデッドスペース
死んでいる場所
使われていない電柱が
一本建っているだけの場所
なんて
存在させておく意義がない
そう
有意義でない

常識人なら言うかもしれない

けれども今日は
思念を置いてきてしまったから
若くして
命絶えてしまった
彼や彼等について
やけに無色透明
同じ席など何処にも無く
車両は毎日ランダムに連結され
自分自身もとっかえひっかえ
弱い部分を突かれるのが怖くて
彼等のソナーに引っかかるのを
ひたすら恐れている魚群の中の矮小的
暴かれたくなくて
車窓から見ていたのはほんの一部の風景

いつの間にか外は闇
許されるならもう少し
鼓動のようにゆれる車内に
一時間分の
存在する意義を見出すための
この一時間分の


自由詩 一時間 Copyright 塩崎みあき 2010-09-29 01:22:31
notebook Home 戻る