原風景3
日雇いくん◆hiyatQ6h0c
それから何ヶ月が経ったか忘れてしまいそうになるころ、事務所に呼び出された。
所属先の会社は、発送業務を大手の書籍取次会社から請け負ってやっているという名目の、いわゆる偽装請負めいたことをやっているせいか、その書籍取次会社の工場の中に間借りした形で事務所が設置されている。
そうした工場はどこでも、たいてい、そういう感じだ。
だから、工場で働いている人たちの大半は、正確にはその下請けの会社、と言えば聞こえはいいが実態は単なる人材派遣会社、昔で言えば人夫出し屋、の所属だ。
関係上、取次から何か指示が天の声のようにやってくると、事務所の中ではちょっとした騒ぎになる。
呼び出された理由も、それだった。
要するに、今回のいけにえの対象に選ばれてしまった、ということだった。
というよりそれ以外に呼び出される理由など、単なる一人夫にはほぼありえない。仕事上のことなら、現場で済む話だ。
いよいよ来たか、と思った。
バブルのころの悪癖が残っていて、隔週一日は電話連絡を入れて休んでいた。
重い本を運び続ける現場仕事で週六日働くのは正直きつかったし、面接の時渡された規定でも、そうしたことは許されていて、それに甘えていたのだ。
しかし、その時の状況如何で、紙ぺら一枚にかかれている申し訳程度の規定など、事務所の人間の頭からは、都合よくきれいに吹っ飛ぶらしい。
事務所に入るなり、事務所の人事管理担当の男が言う。
「あのな、お前休み多いだろ」
事務所の中は書く気もしないほどベタな風景で、そういう場所特有の、天井に近づくほど黒いグラデーションが濃くなっていくような感じになっている。まだ分煙がやかましく言われていない頃だったので、ヤニで焼けたらしい白いクロス貼りの壁が、暗い磁場のかかった中で味を出していた。
「はあ、そうすかねえ」
「これ見てみろ、隔週で一日休んでいるだろ」
一応とぼけてはみたが、指差された先には出勤表があって、隔週に一日休んでいる証拠がいやおうなくきっちりと残っている。
「はあ、確かに……」
「だからさ、休みの多い人間には辞めて欲しいんだよ。あと一ヶ月で辞めてくれ」
わかってはいたが、目の前で言われるとやはりショックは大きかった。
「辞めてくれって、突然言われても……」
「休むからいけねえんじゃねえか」
「でも、面接の時に説明されたとおり規定通りに、休み収めてるじゃないすか」
「あのなあお前、いくら規定どおりっつっても、今みんなして忙しく働いているときに、お前みてえな真似されちゃ困るんだよ」
「電話連絡したら、休んでいいって言ってたじゃないすか。面接の時もそう言われたし、その時もらった紙にも書いてあるじゃないすか」
強い気持ちを持つようにして、ムダとわかりつつ、言い返してみる。
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