原風景1
日雇いくん◆hiyatQ6h0c

「俺、なんかあと一ヶ月で辞めろだってさあ」
 同じくらいの歳でよく話をしていた、ジージャンがトレードマークの原田という男がそう切り出してきた。仕事中だった。
「なんかこれから、いいバイトないっすかねえ」
 仕事は、全国の書店やコンビニに、主に週刊誌や月刊誌などの雑誌類を発送する仕事の、その一工程を担当している。
 ベルトコンベアに乗った一枚一枚の、画板をひとまわり小さくしたくらいの板に、各店ごとの伝票が、板の左上に付けられている伝票を挟むための、多少横長のゴム板のようなものに挟まれている。
 その伝票に書かれた<<イ 週刊○× 3 ロ 月刊△□ 3>>の通りに、それぞれ<<イ>>担当、<<ロ>>担当の者がおのおの任された雑誌を、数字の分だけ冊数を置いていく。
 伝票どおりに置き終われば次の伝票どおりにまた指示通り置いていく。板は自動で動くが、手が届くようなら自分のところまで、次に本を置く板をコンベア上でスライドさせて、また同じ事をする。
 伝票にあるすべての本が置き終われば、最後の本を担当する者が、すぐ近くにある別のコンベアのラインに本のかたまりを、伝票を挟んでから移動させ、その先にある梱包機に送る。梱包機から吐き出される、ラップに包まれた雑誌類は、全国の書店やコンビニに発送され、いずれ誰かに読まれることになるのだ。
 ここで働く者たちは、雑談で時間が経たない苦しさをごまかしながら金のために暇をつぶしている。ベテランになればいくつもの雑誌を担当しなければいけないので時に大変忙しくなるのだが、忙しければ忙しいなりにヨタ話なんかをして楽しくやっていたりした。
「なんで、急にそんなこというのかねえ」
「いやあ残業しねえからだってさ」
「おかしいねえ、強制でそんなことさせられるわけないし、クビにだって出来ないはずなんだけど」
「会社がそういうんだからしょうがないよ」
 コンベアからはそれなりに音が出て、多少は話をしても周りに迷惑はかからなかった。稼動熱のせいかいくぶん熱気がコンベアから来ているような気がする。熱気と騒音で出来たトンネルに会話を通すような感じが、誰かと話をするたびにする。
「なんで? ゴネてみたらいいじゃん金取れるかもよ」
 そう言ってみたが、原田は下を向いて苦笑し、首を横に振るだけだった。
 なんだろな、と素直に思った。


散文(批評随筆小説等) 原風景1 Copyright 日雇いくん◆hiyatQ6h0c 2010-09-28 08:51:23
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