恋愛遊戯
渡 ひろこ

「貴女はご自分に酔っていらっしゃるのです」


思いがけない言葉に顔を上げた
彼は静かに私を見つめて煙草に火をつけた


(どういうこと?)


いぶかしげな眼差しの私に彼はこう言った


「貴女は恋をしていると錯覚している
 ご自身に酔っているのです
 僕との関係はまやかしにしか過ぎない
 これ以上深みにはまると遊びが遊びでなくなる
 ご自分を追いつめることになりますよ」


ゆっくりと吐き出す紫煙に
少し目をしばたたせながら
彼は私の言葉を待っている


目の前に置かれているコーヒーは
とっくに冷めきっていた


(違う・・・そうじゃない)


声に出そうとしても
身体がかたくなって何も言えない


(どうしてそんなこと言うの?)


心の中で必死に抵抗を試みる
押し黙る重い空間
彼はそんな私を半ば楽しんで
観察しているように見える


(何か言わなくちゃ・・・)


焦れば焦るほどこの状況を打破する
適当な言葉が見つからない


気を落ち着かせるために
手をつけるつもりのなかった
コーヒーを啜る


手が震えてソーサーとスプーンが
カチャカチャ鳴った
冷たさと苦さが喉を下りていく
何かを暗示しているように


カップについた口紅を
指でそっと拭うと
それが合図のように
彼は最後の煙草を灰皿にもみ消し
伝票を握りしめて立ち上がった
慌てて私も後を追う


外は師走の寒さが身にしみた
早足の彼にいつも私は
追いつくのに苦労する
小走りになりながら
やっと私の口から出た言葉は


「今夜は帰らなくていいんだけど・・・」


振り向きざまに少し笑った彼は
いきなり肩を抱き
唇を奪おうと顔を寄せた


突然の彼の行為に
思わず顔をそむける自分に


遊戯の終わりを見てしまった…



自由詩 恋愛遊戯 Copyright 渡 ひろこ 2010-09-27 23:54:28
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