あぐら
錯春
久々に実家に帰省したのだった
父は朝と晩にサプリメントを大量に噛んでいた
母は髪が抜けて
いよいよレディースアートネイチャーが必要なのかもしれなかった
「おめ、売れでんのか」
父が言った
「おめ、今もまだ文章書いでるらすーが、そんで稼げっか」
父が言った
「おめ、どげに色んな賞に応募しで、ためぇに紙面さ名前載っだりすでても、受賞すてプロさなんなぎゃ意味ねんじゃねっきゃ」
父が言った
自分は一人っ子で
周りを本に囲まれて育った
三歳の頃には大抵の本や漫画を読み
小学生で乱歩と外国文学を読み
作文で表彰され新聞に載ったりもした
だが
「ハタチスギレバタダノクズ」
どんなに書こうが
今となっては小手先なのだった
正社員に就けたこともなく
自意識という贅肉で重くなった身体のフットワークは最悪だった
かつての神童は社会に出たら単なるショーモナイ、ドーショーモナイ、人間だった
父はそんな愚か者を一度も責めたことはなかった
父は、晩年授かったこの親不孝の愚か者を
それでも一度も責めたことはなかった
「稼げるように、なんのが」
それは叱咤ではなく
心配と慈愛に満ちた質問
「わからない」
正直に答える
「先のことは、わからない。でも、これからも書き続ける」
ぶっきらぼうな返事に、父はホッとしたような、諦めのような、
穏やかな笑みを漏らした
「変わんねな、おめは、幾つになっでもよ」
父と2人、発泡酒で満たされた湯のみを傾ける
お互いに見合って笑った
笑っていないと、どうしてか涙が溢れそうだった
父よ貴方は私を責めない
貴方が一度でも「ヤメロ」と言ったなら、受け入れるだろうに
それぐらいの脆弱な人間であるのに
貴方は私を決して責めない
私は生欠伸をして目頭を拭い
溜まった涙を誤魔化す
正解なんかわからない
ただ、これからも書き続ける