夢万夜
木屋 亞万

あれはフラスコみたいなものだった
化学反応が期待される液体を溜めておく容器
そしてそこに時おり栓をしてチューブを突き刺す
煮えてもいないのに液体と固体はグラグラと泡立って
それは恐らく酸を帯びている

今日は雨が降るらしい
一万年後の今日はここで雪が降ると断言しよう
そして角の生えた黒い獣が
赤い羽根が散乱するなかで
軟い肉を食んでいることだろう
息は白く雪も白くその生き物の羽も白かった
獣も皮一枚剥けば赤く
血を抜けば白い繊維でできている

それはおそらく驚いているだけなのだ
なぜ自分はここにいるかという驚きが
解決されないまま
よく考えることもできず
体の欲するままに肉をむさぼり
白い繊維に血を送り続けているのだ

空はヘドロのような緑色をしていて
よく見ればそれが空を覆うカーテンであることがわかる
異常発生したプランクトンが海を殺すように
過剰なオーロラは空を窒息させてしまった
地球を出なければもう宇宙は見られない
孤独は日に日に大きくなり
成長を続けている

夢だ
寝ている間に降り立つ世界には
すべての感情がひたひたに満たされている
涙を流し呼吸を乱しひっくひっくと嗚咽し
どれだけ大きな声で悲しみを表現しても
それは夢
それで十分
喪失や
あるいは失われる前の血の通った幸福と
皮膚にまとわり付くようにやさしく一体化する
快楽で
水分が飽和を通り越して
はち切れんばかりに注がれて
躍動する
内側からの押さえられない漲り
それがドッと吐き出される爽やかな心地
夢で
現実よりも強い感情に包まれて世界を見る
そこから醒めたときの
終わってしまったという感情は
生涯で最も愛した物語が終わってしまうときよりも
はるかにさびしい
置き去りにされた
気持ち

秋は
感性が感情を次から次から産み出している
それは現実をすぐに凌駕し
瞬く間に嘘を量産する
夢の中で
この小さな閉じられた頭のなかで
それはフラスコみたいなものだ
化学反応が期待される液体を溜めておく容器
そしてそこに時おり栓をしてチューブを突き刺す
何も煮えていないのに液体と固体はグラグラと泡立って
それは恐らく酸を帯びている

目が開いたときには過ぎ去っている
反応しきった物質のなかに残滓を求めて
もう一度目を閉じてみても
覚醒し始めた今が夢見ることを許してはくれない


自由詩 夢万夜 Copyright 木屋 亞万 2010-09-23 00:35:21
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