レモン色のチューリップが
乾 加津也

レモン色のチューリップが
それは雨天のせせらぎであって
顔は飛沫(しぶき)をはじいていたのです

あなたは最初の花ですか
植物図鑑のはじめですか
あなたは「赤」のはずなのに
あなたの夢みる球根はぼくの小さな掌のなかで
校庭の片隅
人知れず埋められたはずなのに
それはぼくとともに大きくなって
年とともに色めくと信じていたのに
あれからいつしかみんなの花に
あなたはなっていたのです

こうしてレモン色のチューリップを
それも雨天のさざなみ 三輪も見ていると
つたないぼくは振り返ったりします
はるかな気品と乞わない威厳にうちのめされて
ぼくの靴はじっとりと濡れそぼりました
あなたの心はいまも
くらい土の混沌にたたずむというのに
あなたに過去などないと
しりもしない誰かが言いきったというのに
幽閉のあとさき
ちょうどこんな空白のいちにち
あなたはすでに処決をすませていたのですか
それは雨天のせせらぎであって
レモン色のチューリップ
あなたが
レモン色だからなのですか

異郷にも雨がおりてきて
あなたのようなものたちをぬらしています
立つことは耐えることですと
おませなぼくは停止のわけを思ってみたりします
あたりはどんよりとしていて
あまりに 明るくはなく
でもあなたのように ひっそりとすがしく
雨音のうらがわ 耐えていたいのでした 実は
あなたの色が赤ではなかったようにぼくも自分のかたどりを受け入れるのだと
それは雨天のせせらぎなので
退廃の ちいさな痒みです
「塵に帰る」の預言からいったい
いくつのレモンが朽ちたのでしょう
あなたへの晦渋(てがみ)
いい残したことづて
色彩レモンがかなしみの誘いなのですと
幼いぼくは泣きじゃくりました
素直に はい と
(いいえ けっして)
そしてこのように雨だったと思います
それは雨天のせせらぎであって
あなたの終焉
しっかり 見とどけ 雲間の迷彩
ぼくは傘など開いたままで

ウサギ小屋
メリーゴーランド
あなたはそんなところで 赤く黙って
水玉に突っ伏せる姿勢があなたの母たちで
雨を呑むために手を上げるのもそうです

そこ
チューリップはレモン色をして
そんな雨のなかを
せせらいでいました

 それからのぼくはもう

ぬれることもできず
靴を
傘を
せせらぎのゆくえも憶いだせないまま
レモン色の
あなたを
翳だけかかえて
沈みつづけているのです


自由詩 レモン色のチューリップが Copyright 乾 加津也 2010-09-22 12:23:56
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