メディウム
真島正人




またここに来てしまった

まだここにいない

接続される

胸が急に
うずくように
切なくなる

痛くなる、
とは区別された
切なくなる

それが
感情としてどこまでも
古くまでたどることが
出来るものなのだと
なんとなく
感じられる

また、
ここに来てしまった

費やされたような
やせ細ったような
まるで骸骨のような
アパートの一室
崩れかけた壁紙
汚れたキッチン
天井からつるされた
照明だけは
妙に明るい

明るいではない
白っぽい

浮遊する
名前にならない物体たち
たぶん
影と呼んで処理すれば
一番都合のつく物質
埃、かすかな匂い
それらに入り混じり

そこにあるのが当然であるかのように

もちろん当然として

鎮座する映写機

また、
ここに来てしまった

僕に対して

まだ、
そこにはいない

映写機は
そこにはいないから
確かに
まわすことが出来るフィルムを
カタカタと廻し
コンクリートを
ところどころむき出しにした壁を
スクリーンにして
映像を流す

映像は
空白
そこには
何も映っていない

くるぶしから先の裸足の足
 ……いいや、何も映っていない

ある時代のありふれた雑踏
 ……いいや、何も映っていない

映らない
映らないことで
そこにあることを
許可された光が
白い束となり
まっすぐに射程する

壁のそばを埃が舞っている

壁の朽ちた汚れが光に強調される

そこにはなにもない

そこには

そこには

 カタカタと廻る映写機
 
 黒ずんで汚れた 数え切れない無邪気な笑顔たち

 雨

の匂い

不意に戻ってくる

一つ先の場所から
こちらへ
飛び降りる
飛び越える
跳躍


瞬間にしか
出来ないことだ
瞬間にしか
それは
感じること
感じること
感じること
感じることしか
扉を開かない

扉は
黒ずんでいる
まるであたかも
洋服屋の、
ファッションショップの、
模造された
薄暗さのように
「ように」
事実
それは似ている

見分けが付かないぐらいだ

黒い絵の具を塗り手繰った画用紙と
血を塗り手繰った画用紙
並べてみると
その違いのなさに
眩暈がする

だからだろうか
だから、ではなく
そうだから、
だろうか

そうだから
ここでは

ここにおいては

映写機のフィルムは

ないことが好まれる

時折
違う段階から

脈絡を欠落した姿で

飛んでくる

飛んでくる

飛んでくる

ということは、
照準は常に
どこかから
合わさっているということだろうか?

カタカタと
廻る映写機
光の粉

吸い込んでいく
吸い込んでいく
光は
粉だ

いまの場所では
粉だ

それは
吸い込まれていく

束になって

映写機の内側から
放出され
壁に向かい

無邪気に

そうすることが正しい使命であるかのように
打ち付けられていく

また、
こんなところに
出てきてしまった

こんなところに
それを
見てしまった

無表情な
瞳ではない瞳を

声ではない
影を

声と影の違いは?

声はまったく姿を持たないが
それは力学に関与している
音の振動で
物質は、動く

影は
目で見えているのに
それは
物質を
動かすことがない

声は
聴こえない

影は
伝えようとしている

また、
ここに来てしまったと

 ※

またここに
来てしまった

影が

行ったりきたりしている

僕は
書くことをすっかり忘れてしまっていたが

それは
たくさんいる

流動する
水のように

いっせいに動く

一つ一つの思考は
ぼんやりとしているように見える
まるで
統制する何かが
あるように見える

だが
それぞれの影は
何か別々のことを

言おうとしているようにも

見える

影たち……

そこにはいないことで
証明され、

無いこと、で
在ることを許される

無いことによって
中身が運ばれてくる

どこかで
聴いた覚えがある

彼らは
無いことを証言した瞬間に
中身が与えられる

中身が飛んでくる

肉と
内臓の
厚みが
影たちに飛来してくるのだ

彼らは
「無い」ので
彼らに飛んできて
ぶつかったとたん
肉と
内臓の
厚みは
消えてなくなる

「そんなら、何の意味があるの?」
と僕は昔
訊いた
訊かれた人は
「飛んでくることが大事なんだ」
と答えた
それからずっと経って会った別の人は
「なくなった意味が意味を持つんだ」
と言った

また
ここで
再現するのは難しい

再現しようとすると
僕の口は
動かなくなる

できなくなる

あったことだから、
できない

再現の
不可能

ないから、
在るということ



影たちは
映写機が放つ
光の束のそばで
行ったりきたりしている

それが
珍しいのか
それとも
なにか
連続性があるのか

2000年代の
半ばに位置する
1年間を
僕は
この部屋で過ごし

そしてそれを忘れてしまった

忘れてしまったから
それは確かにある

何度も
何度も

ここの僕ではない僕の何かは

照準を定められ

筒型の砲台から

飛ばされていく

飛躍していく

戻っていく

映写機の部屋
影たちの部屋
光の

束の部屋へと。

接続、されている

僕という
またここへ

僕という
まだここに


接続され

うすら
うすらと

揺れ動いている。

僕は

それを動いて

幾度も

幾度でも



自由詩 メディウム Copyright 真島正人 2010-09-19 03:00:51
notebook Home