動物園
光井 新

 動物は恐いな。だって、言葉が通じないんだもの、わかりあえないよ。でも僕が恐いと思うのはライオンさんとかで、僕がライオンさんとかを恐いと思うのは、僕は食べ物じゃありません、っていう人間の勝手な理屈が通じないまま、食べられちゃうんじゃないかって心配しているからで、僕の事を食べちゃう心配の無い小動物とか草食動物とかは恐くないって思ってたのに……ウサギさんとは仲良くなれると思ってたんだ、僕はウサギさんの事を食べたりしないから、なのにウサギさんは僕の腕の中で震えてて、やっぱり動物的本能って強かなんだなって思って、見透かされるのも恐いな。
「ほら行くよ」って、さちにグイグイ引っ張られる手が震えてた僕も強かで、折角動物園に来てるのに、もう動物とかどうでもよかった。さちは兎に角、折角という言葉が大好きみたいで、「折角だから猿山見に行こうよ」とか「折角だから乗馬体験しようよ」とか、ずっとそんな調子で、僕はソフトクリームが食べたいだけのに……まぁ人間同士だし話せばわかると思ってたのに、「場面とか関係あるでしょ」って変な講釈垂れ出して、僕が「あ〜ん、もぉわかんなぁい」って頭かきむしったら、「ここでしか作れない思い出がある」みたいな感じで情に訴え掛けてきたものだから、会話をするのも諦めて、その場にぺたんと座り込んで、フラミンゴさんの前で、バッグからiPod取り出してヘッドフォンで耳を塞いじゃった。
 ポーターのタンカーのウェストバッグに、車のキーとか、さちの、お財布とか携帯電話とか四次元ポケットみたいなポーチとかPENとかFRISKとか、二人の荷物っていうか、さちの荷物なんだけど、それらを入れて、僕が襷掛けのスタイルをしてて、でもiPodを取り出す時にまとめて強奪されちゃって、さちは猿山の方へカツカツ歩いて行っちゃった。爆音で「Utauyo!!MIRACLE」流れてたから聞き取れなかったけど、さちったら、意地張っちゃって、とか言ってたんじゃないの? ばっかみたい、意地なんか張ってないのに、僕はただソフトクリームが食べたいだけなのに、なのにソフトクリーム食べたりとかこれでやっとマイペースに行動できるって思ってたら、僕はお金を持ってない事に気が付いてわんわん泣いちゃった。今日はヴィトンの白地マルチカラーモノグラムのお財布だったから、青に汚染されるのが嫌で、ジーンズのポケットにお財布を入れてなくて、ていうかお金が必要な雰囲気になったら、しっかり者のさちがだいたいお財布を手に持っているから、僕にはお財布なんて必要ないのかもしれないけれど、マルチカラーモノグラムが可愛いからあれは僕のお財布で、そういった意味じゃファッションかもしれないけれど、あれは女物だから僕が持ってると変なんだってさちは言ってた、下着とかと違って女の子と男の子で入れる物に違いがある訳じゃないのに、女の子でも男の子でもおんなじお金を入れる物なのに、変なの、さち。
 さちはね、女の子なんだってさ、特に子っていうのを強調したいんだってさ、お母さんじゃないんだから、男の子にはそれなりの態度で接してほしいと願ってるんだってさ、だから意地を張ってるのはさちの方なんだよ、その意地のせいで僕が追い掛けてきてくれるのを待ってるんだろうけど、僕は行かないよ、そんな理屈おかしいよ。いいや、理屈にもなってないや、僕は口紅が大嫌いだけど、その理由を説明する事ができなくて、さちの唇が視線に入る度に自分の唇を手の甲で拭う動作をしたくなるんだけど、我慢しなきゃいけないって思う自分もいて、我慢しなきゃいけないって思う理由も説明しろって言われたら説明できないけれど、無意識にジレンマなんだろうなぁって、何もできずにぷるぷる震えているだけで、理由、その意味が気にならなくなる程小さく見えるところまで時間に置いていかれて、そんな風に時間が解決してくれるのを待っているのかもしれない。あのフラミンゴさんがどうしてピンク色なのかが気になって仕方が無かったさちは、藍藻を食べているからだよって僕が言ったら、「へ?」で、カンタキサンチンだよってなって、「へ?」で、カロテノイドだよってなって、分子とかになったところで「へぇ」ってそこがもうさちにとっての気にならなくなる程小さく見えるところみたいで、そこまで自分の足で歩いて行こうとするような人間だから、歩いて行っちゃった。
 さちが小さくなって、どんどん小さくなっていく、僕はさちをぎゅってしたくて、本能の強かさって因果律の持つ強度なんじゃないかなって、そういうの考えるのもう止めたいなっていう僕は阿修羅なんじゃないのかなって、僕の知ってる阿修羅を見いてたらその表情の孕んでいる感情は喜怒哀楽のどれにも当てはまらなくて、理解できないものを目の前にした時、身体全体を使ってパニック! 腕とか脚とかじたばたやって、そうやって逃げ出そうとしたけど……不思議そうに指をさす幼稚園児位の男の子に、お母さんが「きいろいきゅうきゅうしゃがくるよ、こわいこわいよ」って言ってるんじゃないかっていう被害妄想の単なる妄想さえも因果律によるものだというジレンマに僕の阿修羅はパニック! 妄想から被害へ、被害から妄想へとループする。


自由詩 動物園 Copyright 光井 新 2010-09-07 06:35:03
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