炎のドレス
薬堂氷太
「不自由になるの」
そう笑った 君は
僕と目も合ってないし 苦笑いだった
「期待していいのかな?」
そう考えた 僕は
友人のことを思い出して 今の言葉を取り消した
「ピアノの余興、楽しみね」
そう言った 君の
風になびく髪が奏でる音色に 僕は嫉妬した
「君の好きな曲だよ」
そう零した 僕の
頭上に神様が唾を吐いた もうとっくに諦めてるクセに
と、言うより
最初から何もしてないだけであってただ日々燻ぶって煙たくなってゆく僕の体内を焚きつけるような眩しい友人の笑顔をたまに憎らしく思ったりそんなことが過ぎる自分の脳内に嗚咽を覚えたりそれを融かしてしまいたい後悔の念に苛まれながらも現状維持を一番に考え何度も燻ぶる火に水を掛けてみたけど情けない僕はたった数滴くらいしか掛けられず結局燻ぶる程度に抑えるのが精一杯でもうこうなったらどうしようもないから来るべきあの日に君のドレスをこの燻ぶった火種に衝動という名の油を注いで燃やし尽くしてやろうかとも思ったりしたけど何より場所が場所だし沢山居る他のスーツが怒ったら鎮火も大変だしそれより一番心苦しいのはタキシードに飛び火したら僕はタキシードの何もかもを踏みつけて火を消す羽目になるだろうそれで火は消えてもきっとポケットの中に燻ぶる何かが残るだろうねそうまでしてドレスが消し炭になって開放された裸の君を攫う勇気はないよ誰の気持ちも考えてないただの僕の独りよがりなんだからなんて想い馳せながら地面を踏みつけつつとうとうこの場所まで来てしまったのだからきっと今まで通り何も変わらず3人足をそろえて歩いていくんだと思うよ街の雑踏の中に塗れて人間臭くなっていくんだと思うよそしてたぶん僕はその雑踏に紛れて気づかれないように君と手を繋ぎたいという胸の燻ぶりを何度も踏み消してゆく覚悟をしたからここに居る訳であってここまで来るのに自分でも気づかない内に沢山の何かを汚れた靴で踏み躙ってきた僕だけど結局最後に僕が踏みつけたのは君の裾じゃなくてピアノのペダルで
今、この瞬間 鍵盤に泪を落とさないように 必死だよ