ナイト・クルージング(乗員も客も数える必要はない)
ホロウ・シカエルボク



死産、の様な意味合いを濃くした
陰鬱な夕焼けが最後の太陽の口を塞ぐ
低く唸る鎮魂歌が
少し離れた高架から微かに聞こえて


出来の悪いドブ鼠が時代錯誤な罠にかかって
そのままよどんだ小さなドブ川に沈められる
大きな生物の隙を窺うだけで過ぎた目玉が最後に眺めたものは
かすれた声でとぼとぼと歩くみたいに
長々と続く泣声のような雲の切れ間
(そしてところどころ、ドブ川に被せられたセメントの天蓋)


夜にまぎれて混濁した脳味噌で
自分の歴史をいちから塗りなおす老人
人格を失くして初めて
誰にも語ることのなかった物語が語られる
(だけど誰もそれに注意を払うことはない)


コンビニエンスストアの健全な明かりは
もう空にいる星を見え辛くさせる


バイクの本を立ち読みしていた皮の繋ぎの女は
ふたつガムを買って出ていったけれど
その前になにかをポケットにしのばせていた
それが何かまでは判らなかったけれど
ガムふたつ分よりはきっと
値打ちのあるイカしたなにかさ
眼鏡をかけたイカれた目つきの大学生ぐらいの男が
最近新しく創刊された月刊漫画雑誌を読みながら
誰にも責任を取る意思がなさそうなシングルのメロディーを口ずさんでいる


閉店したガソリンスタンドは
他のどんなものよりもがらんどうに見える
カウンターではまだ明かりがついていて
店長らしき男が電卓を叩いている
その指先のピッチは
さっきのコンビニで耳にした歌より少し早い
――それがどこにも行かないリズムだという意味では
ふたつの音に
違いなんかないけれど


交通公園の側を歩く
交通公園の側を歩く
乗られまくったゴーカートが
横一列に並んで築山をじっと見ている
その築山にずんと突き立てられた
汚れた時計の文字盤を読もうとしているみたいに見える

あれに乗ることは世界で一番カッコいいことに思えた
係員が
後部エンジンから伸びてる紐を引いてぶるんとエンジンがかかったら
コースを二週する間はたまらないくらい自由だった
空気は流れるものだと初めて知ったのは
たぶんあの瞬間だった
だけど
いまだって
公道を流してる鉄のイノシシと比べても
こいつの方がずっとカッコいい
きっと
それは
なにもかもむきだしでかまわないせいさ


大きな橋を歩いて渡る
真ん中で
暗い流れをたたえた川面を流れる
例えるならそれは
フォー・ビートの沈み込むプレイに似ている
欄干にもたれて
ため息をつくと
自殺志願者みたいに見えるだろう
たとえこちらにそんな意志など微塵もないとしても


俺の手のひらぐらいの魚が跳ねる
ぽっかりと空いた思考の隙間に水音をねじ込むみたいに


堤防沿い
この堤防沿いを
幼いころずっと歩いた
知らないところを歩くことが
小さなころからずっと好きだった
こんなに長く川は続いているんだとか
こんなにもこんなにも太陽は
遠くまで照らすことが出来るんだとか
俺を外に連れ出した時母親は決まって
急に姿を消す俺を探しまくったものだ
だけど
外に出してくれないなんてことは
一度も
なかったな


一度も入ったことはないがお気に入りの喫茶店の
隣で並んでいる自動販売機の明かりが見えると
堤防を降りて飲物を買う
このあたりを歩いていると
喉が渇いていなくてもここで買ってしまう
昔は小さな店があったらしい
自販機の後ろで閉ざされたシャッターは
もう開かないことに慣れてしまってしばらく経ったみたいに見える


耳の中でルー・リードが
赤ん坊のひとりごとみたいなギターを弾き続けている
それは身体のシステムにとても忠実なリズムのように思える


月が躊躇いすぎて
結局出所を逃してしまう
雲に覆われてくすんだ
妙に情けない黄色を見ながらもう一度橋を渡る




もう魚は跳ねない
あいつの役目は数十分前にすっかり終わってしまった






自由詩 ナイト・クルージング(乗員も客も数える必要はない) Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-09-04 23:56:15
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