2010年8月31日
高橋良幸

  速度についてのメモ

搭乗口はもう地上にある
顔で埋まる大きさの窓からは
厚い空気の層に
雲が積乱しているさまが見えた
上下には幾重にも
それぞれの居場所を定めた雲が
また層を成していた
透明だった水蒸気の群れは
真夏の日差しを栄養として
はっきりと空に沸き上り
遠くには白い月の透かしがあった

「おばあちゃんになったら月へ旅行するのよ」
いつか学食の横を並んで歩きながら聞いた話だ
「それは確実なの」
いまは月を横目に飛んでいる
飛行機からの距離はまだあるがいずれ
僕は月へ行くだろう(あなたはどうだか知らない)
尿漏れと脳梗塞と
もろもろの持病を気にして

シートベルト着用サインが再び点灯する
大気の各層に雲が沈殿していく物の理は
空がまだ無かった昔から存在していたはずだ
すくなくとも
ありとあらゆるものがたった一点から爆発して
水蒸気のようだった方程式が
空に凝固するまでの時間が経ったときから

僕たちはその最初の爆発の速度のまま
目的地へ向かっている
飛行することも、ベルトコンベアーのまえにたたずむことも
昼食も、京急も、携帯の電波が通信するデーターも
ためいきも、まじわることも、はなればなれになることも
まだ居ることも、もう居ないことも
あなたも僕も
変わらない速度で


自由詩 2010年8月31日 Copyright 高橋良幸 2010-09-01 01:56:13
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