三軒目の鴉
小川 葉
真夜中の渓谷で
岩魚を突いた
むかし父とよく来た川だ
腹が減っただろうと
父は登山ナイフで
魚肉ソーセージを切り分けて
私にあたえた
あの日は二十尾とれた
まだ足りない
私はかたっぱしから
岩をひっくり返し
岩魚を突いた
突いても突いても
足りなかった
ふたたび父が
腹が減っただろうと
魚肉ソーセージを切り分ける
私はいらないと言った
父は笑って
その肉切れを川に捨てた
すると
数えきれないほどの鴉が
小さな肉切れに群がった
こんな真夜中に
まだ起きて遠くから
狙っていたのだ
祖父が建てた家を
父が建てなおした
私はその家を出た
もし私が出ていかなかったら
私が建てなおした家が
そこにはあったのかもしれなかった
私は岩魚を突きつづけた
けれどもどうにもこうにも
鴉が邪魔だ
私は鴉を突いた
黒い血が
暗闇に飛び散った
夜が明けるまで
私は海に辿りついていた
父は山の渓谷に
置き去りにしてきてしまった
雨鱒が泳いでいる
岩魚が山から海へ降りてきた種族の魚だ
私に突かれずに生き延びて
海まで降りてきただのと思った
海まで降りた後の生態は
よく知られていない魚なのだそうだ
どうりで私によく似てる気がした
腹減っただろうと
魚肉ソーセージを切り分けてくれた
父はもういないのだろう
鴎が空で泣いている
あれも私がころした
鴉の
生まれ変わりなのだろう
岩魚はまだ足りなかった
最後の一尾は
このわたし
わたしはわたしを
銛で突いた