音のない洞窟
吉岡ペペロ

夏の終わりの空たかくに死者の小骨のようなヒコーキが白くいとしく飛んでいる

ホテルのプールに浮かんでそれを見てたらあたりまえのことに気づいたんだ

耳は水につかってて水の流れの音がした
なんだかじぶんが無音のなかだった

仕事でいちど入ったことあるんだけど無響室ってこんなんだった
いやちがうな
無響室に水の流れの音だけしてるんだ

それはそれでおまえと抱き合ってるみたいで
永遠もいいかな、なんて思うほど気持ちがよかった

それで水面には顔だけでてたんだけど、ほどけた感じの風が吹いたんだ
顔のおもてを撫でていったんだ
そんとき海からでてみた最初の両生類になった気がしたんだ

水の流れの音の中にいるのと風に吹かれているの、どちらをとるかで水中生活か陸上生活だったんだ

水の流れの音と風、両方とったら両生類、両方で生活しなきゃ死んじゃうんだそうだ

でも、彼らの粘膜の皮膚はとても環境の変化に耐えられなくて、あと百年で絶滅してしまう

水の流れの音だけの、水のなかという音のない洞窟で、シンゴはそんな夢をみて扇風機の風に起こされたかのようだった

きのうイガタアヤコから聞いた両生類の話しの夢を見たのだった
夢の中でシンゴが語りかけていたのはアヤコではなくてやはりヨシミだった

アヤコからその話しを聞いている最中もヨシミのことを考えていたような気がする

寝起きのぼんやりとした思考のなかで

ヨシミという海、

そっと声にださずにつぶやいてみた
まだ寝ようとしたら眠れそうだった
そとの夜明けのひかりが月影のようにカーテンを染めていた

オレにとって、陸上生活ってなんなんだろう、

シンゴは無性にタバコが吸いたくなった
家では吸ってないことになっているからそれはできなかった
イガタアヤコとメールでセックスしたことを思い出していた
ヨシミの顔を思い出していた
それはずいぶん久しぶりのことのような気がした

シンゴはじぶんがいまいる場所が、時間が、陸上生活にほかならないと思った
なのに海に背泳ぎみたいにして浮かんでいた







自由詩 音のない洞窟 Copyright 吉岡ペペロ 2010-08-29 21:17:15
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