17時27分
錯春


厚く垂れ込めた雲の上に
もうひとつ、血色に染まった鮮やかな雲が
たなびいているのを
私は知らない

知らないままに見えないままに
鍵を開けて
ただいま
散らかった部屋
私と家族で散らかした床
綺麗なものも汚いものも
冷蔵庫の中

卵ばかり
冷蔵庫にある
ドアポケットのみならず
野菜室も冷凍室も
無数の様々な姿形サイズの卵が
ドアを開けると雑談をやめる

入れっぱなしで霜が積もった
冷凍室の詩集
中学のときに書いた
ジャポニカ学習帳に綴った詩集
罫線は格好悪いから
わざと自由帳に書いた
レールを探して曲がる文字列
傷まないように
痛まないように
凍らせても
消費期限はやってくる

男なんて知らないくせに
恋の詩ばかり書いて
他人の唇も知らないくせに
苦しい恋の詩ばかり書いて
あの頃
世の中は汚いものに溢れていて
同時に綺麗なものが何か知っていた
あの頃

凍りついた言葉は
取り出すとすぐに融け始めた
私はジャポニカ学習帳を片手に
裸足でベランダ
洗濯物がベラベラ笑う
バスタオルがベラベラ笑う
詩集を放り投げる
最上階のベランダから
飛んだ詩集は一瞬笑って
一瞬燃えて
灰になった
炎は黄緑色だった

冷蔵庫が悩んでいる

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴーーーーーー……

卵が噂話をしている

あと
三時間もすれば
夫が帰ってくる
洗濯物を
風呂を
夕飯を
支度
済ませなければ

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴーーーーーー……

●●が
●●と
付き合ってるんだって さ ほんと へー
●●ちゃんは
もう ヤッちゃったらしいよ 
うっそ どこで ラブホ?
公園で マジ バリアフリーの おっきな個室あんじゃん ゲー
ねえどうだった? 
痛かった?
死ぬかと思ったー
もう
別れたけど ははっ かっけー 

私は
雲が染まるのを知らない

もう二度と
あんな気持ちで
恋をすることもない 

泣けないのは病気ですか
随分ホッとしています


自由詩 17時27分 Copyright 錯春 2010-08-28 17:25:43
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