タイムサービス
小川 葉



スーパーマーケットの
タイムサービスで
父が売られていた
お惣菜売場の隅に
さみしそうに立っていた
私が買った
うれしそうな顔をする父に
何か食べたいものはないか尋ねると
それよりお前が好きなものを
と言って
鮎の塩焼きをカゴに入れた
これは母さんに
と言って
鰻の蒲焼きをカゴに入れた
母の好物だった
家に焼酎なかったろう
と言って
一本入れてくれた
妹にはワインを
と言ってるうちに
やがてカゴは
家族みんなが好きなもので
いっぱいになっていた
父さん、筋子は食べたくないの
と尋ねると
お前が食べなさい
と言って
風のように去っていった
まもなくタイムサービスが終わるのだ
駐車場で車に乗りながら
父が手を振っている
タイムサービスが終わる
父は白い車に乗って
駐車場を出ると
秋の空高く飛んで行ってしまった
レジでは店の人が
お会計はもう済んでます
と言って
お釣りと言って渡した白い紙に
文字が書かれていた
父の字で
あの家をたのむ
母さんもたのむ
お盆にいっしょに飲みたかった
みんなが好きなものを食べさせたかった
間に合わなくてごめん
父はいつもそうだった
私ははじめて父を失った子供のように
ひとり立ちつくし
空を見上げていた
死に際に会えなかった
私に会えて
気が済んだのだろう
父さんが行ってしまった
ほんとうに
行ってしまったのだ
昔かわいがっていた
飼い犬の大五郎が
雲の上で
うれしそうに跳びはねている
ずっと待っていたのだ
父の白い車に乗って
どこまでも走っていく
遠い空を
私はいつまでも見ていた



自由詩 タイムサービス Copyright 小川 葉 2010-08-26 02:32:51
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