さくらんぼ
月乃助

夏空からのさそいは、
手にあまる 光りの束

私は私が赤く錆びてしまわないように
少しばかりいばった母親の顔になって
子供達の好きなパンを焼く
summer’s kitchen

女の顔を忘れさせられる 夏の午后
ためらいのない陽光と海の香りの風を集めては、雲のような生地をつくり
子供達の笑い声をふりかけて
焼き上げる夏の思い出

二人の子は、さくらんぼの木の下で
人間の子供のふりをしながら 無邪気に水浴びを楽しんでいる
風が笑い声をあげながら通り過ぎ
太陽までが声をあげ 陽射しをふりそそげば
水にはねた温かな光りが あいさつをしに
窓辺までやってくる

( ごきげんよう、ごきげんよう、)

さくらんぼをほおばり
空を見上げる子供たちは、
雲の切れ端に話しかけながら
虹ばかりを作るのに 一生懸命で
いつの間にか花の小人たちまでやってきて 共に遊んでいる

まどろみさえも許されぬ時
窓の外を眺めては
母となるための踏み絵に唾した昔を思い出しながら
大きな声をあげて 呼ぶ子供達の名

( こらぁ、水着はぬいじゃだめだからね )

あの子たちを生んだ義務からでも、
出会えた縁からでもなく、
私は、私の意志によってお前たちの母でいることを 願う
それが大事だと信じることでなく
大切だと知らされる 綿菓子のような 
雲のしたの風景
焼きあがったパンの香り 

もう二度とやってくることのない
今年の 夏 の 終わり






自由詩 さくらんぼ Copyright 月乃助 2010-08-21 15:55:48
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