弁当やの麦茶
乾 加津也

「はい、二五十円ね」
安さ(そこそこうまい)が自慢の弁当や
座って食べれる気さくなところ

小さな厨房は午前二時から真夏の修羅場で
汗と油と大さじ少々がフライパンのような熱でうたって踊る
笑う三つの前掛けは薄っぺらでよれよれで
かがんでおちる肩紐を幾度も幾度もかけなおす

二十リットルは入るであろうレバーコック式のドリンクキーパー
氷山のかけらとたっぷりの麦茶をほうりこんで
「ご自由にお飲みください」の台の上に鎮座する

「はい、二五十円ね」
昼過ぎには はやくも閉めの準備だ
あまったてんぷらもゆで卵も捨て値でどんどん放出される
すでに客も少なく このところいつも来るものだから
「これおまけっ」といって小パックのおかずがポンとおかれた
「いえ、ダイエットしてるので」
なんだ読めない客だねって顔して引き下げて
それでも笑ってかたしを続けた

いつかは朝から土方のおやじがこえをあらげた
「おーい、麦茶ないぞ」
キーパーを傾けてもでなかったボクの次の客である
「はい、ちょっとまってね」
きもったまの前掛けがすぐに出てきて懐に大きく抱え込むと
すぐにキンキンに冷えた麦茶が重いたるの中で揺れながら現れる
おやじはごくごくのどを鳴らして、たてつづけに三杯は飲んだ
カウンター越し厨房の前掛けが ケタケタゆれながら見送った
卑猥な冗談のひとつにもつきあった

ある日、近くの公園に住む老人がやってきて
店先に手押しの荷台をちょこんとおくと
店の麦茶をいただいていった
コックをひねり持参のペットボトルにじゃあじゃあ入れて
それでも
厨房の前掛けたちは見て見ぬふりで あいもかわらず首脳会談
これが仕事といわんばかりに

「はい、二五十円ね」
今日も 自分の朝食セットをいただいた
完全無欠のご自由にお飲みくださいから命の水を注ぎながら
この夏も乗りきれることにうれしくなった


自由詩 弁当やの麦茶 Copyright 乾 加津也 2010-08-18 11:22:14
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