新大久保の女
はだいろ
新大久保の駅で、
暑さのあまり、ぬるくなったポカリスエットを片手に、
浴衣のデリ嬢を待つあいだ、
父親のことを考えた。
物忘れが激しいために、
再就職した自動車教習所を、
12月で退職するらしい。
あの人は、たぶん、ボケるタイプのひとだと思っていた。
だから、
じぶんで、5年たったら施設に入るよ、なんて、
笑われても、ああ、
ぼくじしんが年を取ったのだと、思い知るだけのこと。
だけど、
やってきた、歯を矯正中の、
HPでは、超S級美少女、実物は超C級風俗嬢の、
Cちゃんのおっぱいをつまみながら、
なぜ、
ぼくが、友達や、恋人をつくることが、
こんなにへたっぴなのか、
本屋さんで読んだ、ホームレスのひとのインタビューとも重ねて、
思い当たるんだ。
父は、癇癪もちで、
しかもユーモアのない怒鳴り散らし方をするひとだった。
ぼくは、二階のじぶんのへやで、
勉強するふりをしながら、
父の怒鳴り声を、聞き流していたつもりだったけれど、
それは、決定的に、ぼくを傷つけた。
どうしてか、わからないけれど、
父は、悪い人ではなく、お人好しで、
きっとストレスだらけの、警察官だったのだろうけれど、
ぼくはいっそ、
大泥棒の息子に生まれたかったよ。
あなたは、
ぼくに、
なにひとつ、
いい影響を与えてはくれなかった。
だから、
本や、
映画や、
音楽のなかに、
ぼくのほんとうの父親を、
探しに行かなくちゃいけなかったんだ。
サービスよ、と言って、
Cちゃんは、ゴムをつけさせてくれた。
こないだ、膣内射精できなかったので、
挽回したくて、
両足を抱えて、腰を振るのではなくて、
腕立て伏せの要領で、
奥まで差し入れをしていると、
すぐに気持ちよさがやってきた。
でも、父のことが、嫌いなわけじゃない。
キャッチボールをしてくれた。
盲腸で入院したとき、手をさすってくれた。
高校に合格したとき、喜んでくれた。
大学をやめたとき、すごく年老いたかんじがした。
ぼくは、じぶんじしんになろうとしたんだよ。
お父さん。
あなたにじまんの息子だと、
思ってほしかったんだ。
でもそれは、
あなたがぼくにのぞむような、人生のなかでのことじゃない。
ぼくじしんがのぞむ、
ぼくが正しいと思う、
ぼくが美しいと思う、
生き方の中でのことだったんだ。
それが果たせないまま、
父がボケてしまったら、
ぼくは、
じぶんのこころのなかの暗闇を、
もうふさぐことはできなくなるかもしれない。
どうやって、じぶんじしんになったらいいのだろう。
いつまで、
こんなに、息苦しくあえいでいたらいいのだろう。
まるで、
19歳の浪人生のままだよ。
Cちゃんは、
もうすこし、世の中のひとが、
あとすこしだけ、親切だったらいいのにね、と言って笑った。
歯の上で、矯正の金具が光った。