白日
salco

 除隊

のどかな春の空の下
今は嘘のように静かな此処ら
気紛れな線を描いて
一対の蝶々が
じゃれ合うように飛んでいる
「お前さん達は何処に隠れていたの?」
誰一人助からなかったこの場所で

前線は遥か遠くに移動した
その轟きさえ此処ではのんびり間遠くて
お喋りなヒバリの囀りに消されがち
それよか此処はしんとして
草いきればかり立ち上る
高い雲がゆっくり過ぎて行く
地面には赤いりんどうが咲いている

頭は堅牢なヘルメットの中
ポケットには書きかけの手紙が入っている
彼はやっと今日
これらの装備を脱ぎ、銃も弾倉も放り投げ
大笑いしながら
懐かしい人々の胸へと帰還するのだ
誰が帰り道を間違えるものか

今日は一体何日で
今は一体何時だろう
それから誰が切符の手配をするのだろう
奇矯にも風にそよいだ葉先に驚いて
ハエがぶうんと飛び上がる
認識票をつけたまま
ぐっすり眠る彼の目から

最早名もなく墓もない、
この屍のちぎれ飛んだ腰から下は
今こそ彼の心のままに
幾つもの境界線をやすやすと飛び越えて
懐かしい我が家へと大股に帰るのだろう
弾丸飛び交う行軍の道を
今度は逆に軽がると

もう誰の名を呼ぶ事もない
声はみんな死んでしまった
血混じりの絶叫さえ
空や大地に爪痕一つ引きはしない
予め簒奪された存在は肉塊に堕ちた
夕陽が落ち、夜の毛布が降りかかる
彼はまだ眠っている 子供のように
ポケットに書きかけの手紙を入れたまま



 命令

手紙をしまえよ、写真もしまえ
破かぬように優しく畳め
鼓動も収まるそのポケットへ
そして幾度目かのさよならを
砲声に目を見開いて
乾いた口を舌で濡らせ
間もなく敵はやって来る

お前のかあいい妹や
なんにも知らない弟の為
疲れ果てた父親や
弱々しく微笑む母の為
そしてお前の彼女の腹には
小さな指をくわえた息子や見知らぬ娘の
八十年があるのかも知れないが
そのようにお前の見知らぬ人々の為

進め、進め、一,二,三,四
故郷から一歩一歩遠ざかる
お前の足が国の楯となる
足が無ければ帰れない
どっさりと草の中へと倒れ込む、どっさりと
白い花が兵隊の優しい枕となるだろう
緑の鉄の兜の下で綺麗な赤に染まるだろう
遠国の野原や丘や沼地の小さな花々は
毎春、お前の最後の目の当たりに咲くだろう
足跡の絶えた場所で頭を垂れて

一,二,三,四、夕陽の沈むその前に
掻き消えたお前の叫びを呼び戻せ
雲が聞き、風が消し、時が忘れたお前の叫び
武骨で器用なその手はどこへ?
お前は大層、物を造るのが上手かった
だが恋人も母親さえもがお前の墓から歩み去る
ああ、立派な立派な栄えある旗にくるまれて
空っぽな棺の中の赤ん坊
行かないでくれ、と叫んでみろよ
俺を一人にしないでと叫ぶんだ
取り返せ、
俺の未来を命を返せと言ってみろ!


自由詩 白日 Copyright salco 2010-08-13 00:51:03
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