昔々の物語。
僕は白い翼を持ち、一国の姫君に情念を抱いていた。
無知で、純粋で、下卑た、燃え上がるようなその想いの先には、結ばれる筈のない主。
僕は、人間の姫君に飼われた、その羽根の純白だけが取り柄の、一介の小鳥だったのだ。
天井から吊るされたドーム型の鳥籠で僕は姫君を見守り続けた。
彼女はお父上の命令なのか、自分の部屋から殆ど出ることはなく。
小さな小窓から、眼下に広がる美しいのどかな街並みを眺めたり。
女の嗜みだから。と、刺繍をしたり。
僕を無邪気な子供の様に、その綺麗な細い指の上に止まらせたり。
まだ幼い少女の頃から。
姫君だけにしては広すぎるその部屋で、彼女はいつも一人だった。
思えば、姫君にとって、僕は唯一の友人だったんだろう。
姫君は可愛らしい声で、よく僕に話しかけた。
返事なんて出来ない。
人間の言葉を僕は発音できない。
それでも、姫君は羨ましそうに僕を止まらせたその指を、窓の外に差し出しながら。
話しかけるのだ。いつも、いつも同じ内容で。
私の代わりに、世界を見ておいで
悲しそうな微笑とともに、何度も何度も、空に放たれる体。
青い空。白い雲。森から流れてくる碧い風。人々のざわめき。降ってくるような陽の光。
燃えるような夕焼け。柔らかなコントラストの空。温かな懐かしい匂い。
黒く艶めく夜空。散りばめられた星々。そうっと照らす月光。灯る地上のランプ。
目で、耳で、嘴で、翼で、足で。
外の世界を体中で感じて、僕はくるりと彼女のもとへ。
嫌だった。
姫君を置いて自由になって、何になるというのだろう。
世界が染み込んだ体を姫君に擦り寄せると、その瞳は見開かれる。すうっと呼吸を深くした彼女は、嬉しそうに、辛そうに、淋しそうに、悔しそうに微笑んで眦に涙を溜めた。
か細い声で、ありがとう。と呟いて姫君の涙は、僕の羽をじわりと濡らす。
触れた瞬間は熱く、瞬間、冷たく染み込むその滴。
泣かないで、姫君。
もしも僕がこんな体でなければ。
彼女の涙を拭ってあげられるのに。
もしも僕がこんな体でなければ。
彼女に声をかけてあげられるのに。
もしも僕がこんな体でなければ。
姫君を連れて、二人で外の世界へ翔んで行けるのに。
嗚呼、嗚呼、嗚呼、なんて無力なんだろう。
せめてもの慰めに、彼女の涙を口に含めば、しょっぱい熱が喉を滑り落ちた。
苦くて、不味くて。咥内が、喉が、腹が、焼けるように痛む。
これが、彼女の
傷みか。
少しでもいい。僕に分けて欲しい。
主としてではなく、姫君を、貴女を。
愛してるから。