保存しますか?
ホロウ・シカエルボク






虚ろな階層で
落ち窪んだ眼を見開いて
小鼻のあたりをうろつく
蜉蝣のような情熱を追いかけていた
窓には汚れがあり
隣人は頭がおかしかった
サイケデリック、を地で行くような
ねじまき時計の捉えかた
目覚めるべき時間だからこそ
そいつはけたたましく鳴るのです
……
慌てて飲みほした水は
水道管の中でぬるくなっていて
粗相ばかりの夏の遺伝子を
飲み込んだみたいでやりきれなかった
眉間に拳骨を当てるみたいな快晴
ノックアウトされた誰かの
最後の夢みたいに膨れた雲が寄り添っている
顔に水を当てるたびに
昨夜の夢のディティールは細かく砕け
洗面台の洒落た開き戸の内側へ流れ込んでいく
今夜下水路に住む鼠のうちのどいつかが
その夢を引き継いでくれるだろう
嘘みたいな保証
嬉しくなさそうな笑みを終始浮かべたまま
薄いけど硬い髭を剃った
唇の端を少し切ったけれど
それに腹を立てるような
情熱はここには余っていなかった
洗面台を洗いながら
つきあいがなくなった
友達のことを思い出していた
そいつの部屋は北向きで
いつでも薄暗い影が部屋の中に住んでいた
明かりをつけてもそれは消えなかった
それは観念的な影のようなものなのだ
その部屋の洗面台には
片付けても片付けても
必ず
小バエが二匹ばかり死んでいた
毎朝だ
どんなに片付けても
必ずだ
あいつは今頃どこで
なにをして暮らしているのだろう
どうして連絡を取らなくなったのか思い出せなかった
きっと始めから
好きでも嫌いでもないやつだったんだろう
……
子供を二人飢え死にさせた母親のニュースで
テレビのやつらは美味い飯を食っていた
人権派という連中が
死んだ二人の子供を無視して
逃げた母親を守護していた
それを目にするたび
耳の中にはつんざくような子供の叫び声が聞こえた
結論だけを強く
植えつけようとするやつらがここにはたくさんいる
昨夜飲みに誘われたけれど断った
財布の中の金は
他のことに使うことにしてたから
それは飲みに行くよりはちょっと大事なことだったんだ
雨の音がメトロノームみたいに聞こえるって書いたら
そんな風には聞こえないって言ってくるやつが結構いて
そんな風に言われたって
ちょっと困っちまうんだけどな
バターロールを飲み込みながら
それは禁忌だったのかと考えてしまった
ほんのちょっと
ほんのちょっとの間だけれど
スィート・ヴァージニアのマンドリン・ギター
何もない朝に時々聞こえてくるんだ
なんのかんの言っても
あいつら今でも一番素敵なロックンロール・バンドなのさ
ニュー・アルバムの話なら
もう二年くらいはかかりそうだぜ、あくまで個人的に
そう思うってだけの話だけど
インスタントの配合なんて
そんなに気を使いはしないけど
やっぱりそこそこ好みの味ではあって欲しいのさ
笑えるほど気真面目に
すくったりなんかしないけどさぁ
夏休みの子供たちが
早くも駆けだしている音が聞こえる
それとも
ラジオ体操から帰ってくる時間なのか
あのころどうしてあんなものに
毎朝律義に出かけていったりしたのか
それが自分をどうにかすることなんて絶対にないって
結構早くから判っていたはずなのに
あのころ、そうだ
あのころ市営球場の側にあった
屋外プールが大好きだったなぁ
球場のスタンドみたいなプールサイドで
お好み焼きや焼きそばを売っていたっけなぁ
それはいまではもうなくなってしまった
繋がらなくなったアドレスみたいに
狂ったような陽射しの記憶の夏が
頭の中で薬臭い水を跳ねている
インスタントコーヒーを飲みほした
歯を磨いた
口をゆすいだ
服を着替え
荷物を確かめ
時計を見たら
今朝の配列のすべてが
クロゼットの中でごちゃまぜになった
そのときちょうど
針は七時を指していたんだ
未整理のファイルボックス
それが



日常ってやつだ







自由詩 保存しますか? Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-08-08 23:05:25
notebook Home