クマさんのパン屋さんとウサギさん
ふるる

 あるところに、ある森に、ある森のちょっと原っぱになったところに、ある森のちょっと原っぱになったところのお花がちらちら咲いているところに(そのお花は黄色や白いお花です)、小さな小屋があって、それはクマさんのパン屋さんです。クマさんのパン屋さんには赤い小さな看板がぶら下がっていて、「クマさんパンやさん」と書いてあります。風でゆらゆらゆれることもありますが、今はゆれていません。
 クマさんのパン屋さんのクマさんは、朝はだいたいお日様と一緒に起きるんです。小さな鳥たちが「朝ですよ」って歌いますから、わかるんです。
 小さな鳥たちが「朝ですよ」って歌うと、クマさんはねむい目をこすりこすり、ベッドから起き出します。あくびを1つして、のびを1つします。起きたあと、床にすわってぼんやりします。クマさんは太い前足で目をこすって、目があくまでこすります。目があいたらゆっくり立ち上がって、ドアをあけて、仕事場に行きます。仕事場は、おうちの中でつながっていて、パンをつくるところです。そこにテーブルや椅子もあって、ごはんも食べられます。おうちの入り口はお店になっています。クマさんはかまどのオーブンに火を入れます。火打石で何度もかちかち、何度もかちかちやって、干草に火花をうつして、煙が出たらふーふー吹いて、子どもの火を、かまどの枯れ枝に移して、踊らせてあげるんです。火がめらめらしてきたら、かまどはもういいとして。瓶に入っている水で顔をちょいちょいっと濡らしてから(顔を洗ったつもりなんでしょう)クマさんは小麦粉に水なんかをいれてこねこねしはじめました。クマさんは朝ごはんも食べないで(というのは、朝ごはんはパンだからです)こねこねこねこねこねこねしてから、生地をわけて、くるくるくるくる丸めます。くるくるくる。ふう。くるくるくる。ふう。丸めた生地は全部で十五個です。だいたいそのくらいです。
クマさんは粉で前足や顔や鼻が真っ白です。くしゃみも出ましたよ。
 パンを天板に並べて、かまどのオーブンに入れて、一休みします。休む時は、きいちごのジュースかなにかあるといいんですが、今日はなにもないのでお水を飲みました。大きな瓶に入れておいた冷たいお水を、大きなコップで飲みます。ゴクゴクゴクゴク。はー。もういっぱい。ゴクゴクゴクゴク。はー。もういっぱい。飲もうと思った時、おもてのドアーをほとほと叩く音が聞こえました。
「はいはい。」
クマさんはこたえました。
「あたし、ウサギよ。」
クマさんはウサギさんのためにドアーをあけてあげました。
「まだパンは焼けていないよ。」
「知ってるけど、早起きしちゃったから、きちゃった。」
ウサギさんは赤いおめめをくりくりさせて言いました。そしてクマさんの仕事場に入っていって、おみやげでもってきた野ぶどうをテーブルに置くと、椅子にちょこんと腰掛けました。
クマさんも、椅子にどすんと腰掛けました。
「水、飲む?」
「ううん。」
ウサギさんは首をふりました。話すこともないので、二人はだまってかまどの火を見ていました。かまどの火を見ていると、クマさんは、火に引き込まれるような、ぼーっとしてしまうような、火のダンスにうっとりするような、ぱちぱち言う、枯れ枝が燃える音に聞き入ってしまうような、また、仕事場にも引き戻されるような、感じがするのでした。
ウサギさんも椅子に腰掛けてぼーっとしていました。そのうちきょろきょろしはじめ、パンをこねる台に少し残っていた、パンの生地を白いモコモコしたちいさな指でつまんで、指先で丸め始めました。ねりねりねりねり。その練った丸いのを、自分の鼻の頭にくっつけて、
「見て。」とクマさんに見せました。
「ふふ。」とクマさんは笑いました。
ウサギさんは今度はその丸いのをちぎって、自分の鼻の穴の中に入れ、
「見てて。」と言ってから鼻をおさえ、
「ふんっ。」
飛ばして見せました。
「ばかだなあ。」クマさんは笑いました。
ウサギさんも笑いました。二人が笑い終わったとき、何か音が聞こえました。さーっという音です。
「雨だわ。」
ウサギさんは片方の耳をぴこんとせて言いました。
クマさんが窓の方へ行ってみると、やっぱり雨でした。細かくて激しい、にわか雨のようです。さーっという雨の音に、二人は耳をすませました。
「傘貸してね。」とウサギさん。
「うん。」
クマさんは窓辺に立ったまま、外の木や葉っぱやお花がみんな濡れてつやつやになっていくのを眺めていました。
「ああ、いいにおい。」
ウサギさんが鼻をひこひこさせました。
「食べる?」とクマさん。
「うんうん。」とウサギさんはにこにこ。
「チーズは?」とクマさん。
ウサギさんは首をふりました。チーズは、あんまり好きじゃないんです。ジャムか、バターがいいな・・・。と思いました。
ウサギさんが好きな、ジャムとバターがあるけど、いまは黙っておいて、食べるすぐ前に出したほうがうれしさが大きいよね、とクマさんは思いました。
そろそろいいかな、と思ったクマさんは、かまどの扉を開けてみました。おいしそうな色にパンが焼けていました。
「いいよ。」
「わあ。」
一緒に覗き込んだウサギさんの顔が、かまどの火とおんなじくらい、ぽっとなりました。
「少し冷まそうね。」
クマさんは言って、天板を出して、テーブルに焼きたてあつあつのパンを並べました。
「熱いからさわっちゃだめだよ。」
 雨の音はまだ聞こえています。




散文(批評随筆小説等) クマさんのパン屋さんとウサギさん Copyright ふるる 2010-08-05 23:23:52
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