オセロオ
非在の虹
怒り 怒りは死を招く
怒り 怒りは死までを招く
わたしの怒りはあなたを奪う
わたしの怒りはわたしじしんを砕く
疑う わたしの嫉妬をどうしたらいい
疑う わたしの嫉妬は火山口より熱い
疑いはわたしの喉を絞める
疑いはあなたの喉を絞める
喉を絞める その女の喉を
こうしなければ
というせっぱ詰った感情がおれの手にこもり
喉を視ているが 女の顔は分からない
胴から下はさらに心もとない
ちゅうちょは出来ない 始めてしまったものは
そう考えて あらためて力を込めると
瞬間に全身から冷汗が噴き出した
手の中に喉がない
「わたしという夫がありながら、あなたは他の男と寝たね
それもわたしの部下とあなたは寝たんだ」
あなたは 寝たんだ
あなたは 寝たんだ
寝たんだ わたしは
妬んだ 妬んだ
妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ
妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ妬んだ
足もとを見る
誰も倒れてはいない
辺りを見まわす
たいまつの照らす所に石壁があるだけだ
ハンカチは?
あの女の持っていたハンカチは?
あれがおれの行動の一切のわけを知っているのだ
「妻は白人だ。わたしは黒人だ
そんなことが負い目になるか
黒い夫 白い妻 男と女 雄と雌 馬鹿と利口 黒と白
黒と白 悪と善?」
すべてがおれの周囲から消えたらしい
いくぶんの安堵と背後からつき刺さる後悔
喉元へせり上がる感覚に
ベッドの下に向かって思い切り吐こうとしたとき
ムーア人の従者の声だ
足もとから冷たい血がいっきょに逆流した
歩みよって来る者は彼方から来るもの
つかの間おれの背後に立った者は
彼方より来たって地べたからわきあがる者か
その顔を見ることができない
喉に巻きつく手が殺意か愛情か
今のおれには判断が付かない
2009年初稿 2010年弐稿