閉じた目で空を
番田 

「今は、眠ることにしよう。」
男は鞄に紙切れ一つ持っていなかった。男が持っているものといえばニューヨークへの航空券だけだった。男が行ける場所は部屋の中の片隅だけだった。窓を流れていく雲を見ていた。白い雲がいつもそこには漂っていた。白くない物体は手のひらを見た時の肌色だけのよう。緑色なのは木々。黄色はパイナップルとバナナ。鳥が飛んできては、飛び立っていく風見鶏の向こうを見ていた。

灰色の石ころが近くを転がっている。極彩色のパラソルの下を歩き回って、トウモロコシを買い、昼飯代を節約する。
「そのシャツはどこのブランドが作っているものなの?」
とすれ違う女の子から聞かれた。彼女は蛍光ピンクのビキニを身につけている。青色なのは帽子だった。レンバンのサングラスをかけ、知らない街の人の振りをしていたけれど、誰でも彼女の姿形は知っている。生まれた場所も育った場所もこの村の大通りなのだから。浜辺には蟹が走り回って、白い泡だちを滑らかになめしていく。

波が寄せては返している。引いていくときに巻き上がっているカレイの形が見え隠れしている。大型ハマグリの楕円形が砂地に混じっている。
「俺にも楽しいことがひとつぐらいあったならなあ。」
細く長いのは海草の一種で、尻に根っこを引いていた。骨のように見えるのは発泡スチロールの輝きで、市場から運ばれてきた箱なのだろう。男は、魚の死骸は一体どこに消えていくのかと思った。強い波風が拭いている。口を閉ざしたまま、頭の中に数え切れない言葉を思い浮かべる。



自由詩 閉じた目で空を Copyright 番田  2010-07-31 02:19:52
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