美しい私

あなたの灰皿でくすぶる愛着押しつぶす
私たちの家はどれも玄関から伸びる廊下が無数に分岐し
だからしょっちゅう間違えてあなたの悪夢に落ちていた

不安が強引に掻き毟るから
アトピーが再発して横隔膜の内側がささくれている
地面が急傾斜して転がらずにいられない自分を近くで見ている夢
踊り場は安心した頃に目の前で次次に消滅し
風切音あげて時間の上を滑っていく脱力の炎

有効期限のないコンドームを今夜燃やさなければ
部屋のあちこち、便器の中で
バスタブの横の洗面器の底で冷蔵庫の扉で
傷付いたなにかがまたくすぶり始めてしまう

最近の私の腹筋は割れた
肩幅も広がり逆三角形の、男勝りの私
姿見が故障するほど自分を見ていただけだ
あなたが触らなければ
たくましい私は美しかった
間違いなく

目覚めると毎朝が一番ひどいのは知っている
昨晩繰り返した寝返りの所為で
きっちりと閉めていたはずの蓋が部屋の外にこぼれてしまって私は
剥き出しの寒気を無条件に引き受ける空っぽの股の間
夜になってやっと忘れたもつれが
もとの木阿弥だ、ベッドの脇に潤んだ目でおすわりしている
それを撫でてやらなければならないのか
どうして

生まれてからずっと伴走しているものの代わりに走っていたのねあなた
疲れることが仕事になって朝食も用意してあげることができない

夢中でしゃべっていた視界の端で田舎のあぜ道に落ちているのを見た野蛙の遺書を
探しに行ったら誰かに拾われていた
手遅れですが治るでしょうと言って処方箋をくれないあなたがたは
手を上げさじを投げ集団で踊るヤブ医者だったのですね

入り組んだ電波の迷路は四次元に広がり
友人たちのアナウンスでたびたびスクランブルされる
フライパンの上でぐしゃぐしゃになっても焦げて死なない程度に
治らない腋の下の裂傷こじ開けて
あなたが私に挿入したものを
なんと呼んだらいいのか
思いやりとか
謙虚とか

あの傷はまだ痛むのか
朦朧としている

住む場所がないんだ私は
と叫んだらやってきた不動産屋けちらす
夥しい数のベッドがあるのにもう
眠ることができない私は毎夜火種を持って
往き返り
美しさに慣れた街に線香をあげる


自由詩 美しい私 Copyright  2010-07-30 11:12:27
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