この雨の未明
ホロウ・シカエルボク




ふたつ向うの窓を
開けることを夢見ていたよ
椅子に張り付いた
呪わしい身体を半ば見捨てながら


シングされるソング
穏やかな旋律ほど
ぞっとする狂気を秘めながら
そんなに長く響かせなくてもいいのに
そんなに長く響かせなくてもいいのに、そのビブラート
誰もそんな愛を
受け止めるほど立ち止まりはしないのに



窓の向こうは
激しい嵐で濡れていた
遥か彼方から叩きつける雨は
世界と僕に穴ぼこを空け続ける


ロック・ビートのせいで花瓶が振動している
階段に隠れた虫が優しい土を目指して脱げ出す
かみなりの音が確かにした
まだ遠くだけど
かすかにしか聞こえないくらい遠くのところでだけど!




誰かが僕を木っ端微塵にしてくれるのを待っている




朝は来ないと信じるんだ
朝は来ないと信じるんだ
朝は来ないと信じるんだ
激しい雨はすべてを壊してしまう
脊髄を砕かれて僕は自分の名前すら忘れてしまうだろう


風に掻き毟られる木々の枝が
死神の笑い声を真似る
軒下で力尽きて今にも目を閉じそうな
瘠せた黒猫を迎えに来たのだろう
僕は目をぐるぐると回した
それを見た時の黒猫の気持ちは
きっと救いにも似たものなんじゃないかと思って



枝を離れた葉が窓を叩いて
受信出来ないラジオみたいな音をつくる
そんな音が聞きたいわけじゃなかった
そんな音が聞きたいわけじゃなかったのだけれど
そんな音を聞いていることが一番
適しているみたいなそんな気がして
「許されることと生きていけることとは違うんだよ」
真夜中にこそ神様は本当の言葉を囁く
枝を離れた葉が窓を叩く
その音を僕はずっと聞いていた


この雨は止むことがないね
狂ったように降り続けるんだね
この雨は止むことがないね
どうしようもなく厳しいことが
本当はすごく優しいことなんだよね



打たれ続ける庭が固形としての説得力を失くして
飛沫を跳ねるさまはまるで濁流のようだね
動けない家とともに僕は流されてゆく
名前も住所も関係がなくなるところまで
どんなに洗い流されても
世界は真白になんかならない
そのことは僕が一番よく知っている
土は土の色
夢は夢の色
名前も住所も関係がないところまで流されてゆく
その時僕がアドレスを手放さないままでいたらどうか笑ってください


いつからかもう電気がつかなくなって
サイドテーブルには蝋燭が
隙間風に揺れながらあたりを照らし続けている
蝋燭の明かりは嵐を喰う
蝋燭の明かりは嵐を喰って
ゆらゆらとゆらゆらと内面的に僕を濁流するのだ



許されることと生きていけることとは違う
許されることと生きていけることとは違い
そして僕は時計を気にすることが出来ないでいる
間違った場所からもなにがしかの結果は生まれるから
そのことはそのことでかまわないのかもしれないと僕は考えている
途切れた場所を終着駅と呼んでもなんの差し支えもない
こんなにも
こんなにも
繰り返されるビブラート
誰が望んでいたんだろう
振動する暗闇の声帯
僕は叫びとはすこし違うそれに隠れたものに
怯えながらも少しだけ恍惚としていた




窓の外に稲光が走る




強い光の中には克明に書き記された言葉がある
読んでしまえば網膜は燃え落ちてしまうだろう
僕を木っ端微塵に
僕を木っ端微塵に
僕を木っ端微塵に
欠片を種のようにばら撒いて
ロック・ビートはきっと花瓶を破壊してしまう
僕は引き裂かれた紙のように眠りを諦めるのだ


かみなりは気まぐれなドラム
僕は
胸を撃ち抜かれた真似をした





いざゆかん
濁流の先は








未明だ








自由詩 この雨の未明 Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-07-28 02:10:21
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