夏の総力特集 ・ 「陰毛を考える」 最終回
salco

前書き: 
毎日暑い日が続きます。毛深い方、そうでもない方、弁別すれば薄い方、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
ご好評をいただきました「陰毛を考える」もいよいよ最終回となりました。
引き続き、
陰毛ファンでない方には下世話な内容に不愉快をお感じになる向きもあろうかと思われますので、読み飛ばされる事をお勧め致します。
また学識・教養を深めたいマニアの方にとっても、何ら学術的な内容は含んでおりません。執拗な反復的記述による辟易、ざらついた読後感、一層の食欲不振
についても著者は責任を負いかねますので、予めご了承下さい。
尚、陰毛は大人の玩弄物であり小さなお子様には適しませんので、お子様の手の届かない所で保管下さい。

≪平成17度 国勢調査より≫

陰毛を全部剃り落とした事がある(外科手術前処理除く)
男性 2.1%
女性 74.5%

陰毛にコンディショナーやリンスを塗った事がある
男性 11.6%
女性 86.4%

定期入れ用のお守りとして、恋人の陰毛を所望した
男性 50.9%
女性 3.3%

思春期後期以降、「ジャックと豆の木」は何らかの発毛又は性的イメージと結びついている
男性 89.2%
女性 66.7%


≪東京都世田谷区下野毛商工会 2009年「下野毛祭り」開催についての意識調査より≫

下野毛祭りは
・例年通り行なった方がよい 37%
・中止すべきだ 14%
・どちらとも言えない 28%
・無回答 21%

下野毛商店街キャラクター・マスコット「ノゲちゃん」は
・よい 32%
・よくない 23%
・どちらとも言えない 27%
・その他、無回答 18% 



≪大日本葬祭?社報「感謝」31号 会長・岩隈峰次とアーティスト・河豚里康生氏対談より≫

河豚里「奥さんの遺髪という事を考えた場合、わたしは髪の毛よりもあそこの毛の方が妥当だと思うのです」
岩隈「ほう」
河豚里「シーツに落ちているそれを、新婚の頃から毎朝拾い集めて置くわけですよ。箱根細工とか江戸螺鈿の小箱か何かに」
岩隈「螺鈿。箱根細工ね。ほほう」
河豚里「これが夫婦の歴史ってもんでしょう」
岩隈「なるほど。で、旦那の方は頭髪、ですかな?」
河豚里「まあ、そうしてもよいのですが、ただその場合は記憶でしかない。追憶ではなく」
岩隈「とおっしゃいますと」
河豚里「追憶とは哀惜感情を伴う対象への執着であり、自発的という意味ではアクションです。記憶は過去の残滓、それも
リアクションで浮上した散漫な断片に過ぎない。実際、夫の思い出など妻にとっては何ほどでもない。男というのは生前か
ら異性にとってさしたる存在価値がないわけですから、遺髪という発想にそぐわないのです」
岩隈「なるほど」
河豚里「重荷をようやく降ろしたのに、その重量を懐かしむのはマゾヒストでもよほど脳の鈍い者だけですよ。女性は気質
的にはサディストが殆どですからね、過去存在に拘泥などしない」
岩隈「なるほど。そんなものですか」
河豚里「はい。妻が言うのですが、男というのはウオノメとかカサブタとか水泡の皮とか、そんなものだそうです。わたし
も異論ありませんね」
岩隈「そうですか。ところで、おかげ様で御好評頂いております弊社の〈別格祭壇シリーズ〉にこの度“鋳鉄薔薇苑8段・
夏の離宮”が加わりました」
河豚里「〈別格祭壇シリーズ〉と言えば、“芝生4段・れんげとすみれの原”や“雑草2段・天涯孤独でかくかくしかじか”
が代表的ですよね。それはおめでとうございます」
岩隈「ありがとうございます。この“鋳鉄薔薇苑8段”はアール・デコ風の装飾が施してございまして、モスグリーンと金を
基調に薔薇の生花を88本配してあります。もちろん、御予算により加減したり、造花や他のお花に替えるオプションもござ
います。
これにつきましては先月ご主人様をお見送りされた奥様からお便りを頂戴致しまして、ご自分の時はぜひヴェルサイユ風に
白と金を基調のロココで送られたいとの御要望でしたから、これより鋭意制作に取り掛かる所存です」
河豚里「それはいい。わたしはどうも仏式葬儀の香華に抵抗があるのです。カトリックみたいに燈明だけではいけないのかと。
あれこそは命の揺らぎ、魂の追悼そのものですよ。消臭技術や芳香剤が発達した現代、あの抹香臭さはもう要らんでしょう。
どうしても何か燃やしたいのなら、毛にして頂きたい。ケラチンという蛋白質の燃焼臭は痛ましいリアリティーがあります。
いずれ死別の悲哀は心に負い切れるものではないにせよ、どうせ嘆くなら一時でも丸ごと引き受けたいものです。ベナレスで
家族を火葬に付すインド人のように」
岩隈「なるほど。ところで河豚里さんも新曲をリリースなさったそうですね」
河豚里「はい。“エスト・エス・インモラル、セニョリータ”、5月1日発売です。昨年の“エクスキュゼ モア、ケスクセ?”
はシャンソンでしたが、今回はマリアッチです」
岩隈「それはいいですね。では益々の御活躍をお祈りしております。本日はお忙しい中、弊社大日本葬祭の為に遠路お運び下さ
いまして、まことにありがとうございました」
河豚里「いえ、この度は御愁傷様です」



≪ままならぬ≫

“Hairly, thy name is mom. Fie on′t,ah,fie,
 ’tis bush I long and curse!”
「ボーボー、汝の名は母ちゃん。おゝ何としよ、痛し痒しの繁みよの!」(鯉田 朗訳)
                   
                            Willam Shaveshaire OMLET




≪赤スキンちゃん より抜粋≫

「おばあさん、どうしておばあさんには毛がないの?」
「それはね、年を取ると雪のように白くなって、だんだんに抜けてしまうからだよ」
「まあ。雪のように白く、そうして消えてしまうなんて。もう生えて来ないの?」
「ああ、生えて来ないよ。毛根部の新陳代謝が尽きたからね」
「尽きたなんて。何てかわいそうなんでしょう」
「年を取ると濁点は重ね付いて来るものだが、あったものは抜ける一方さ。顔のしわも年々増えて行くのに、
  境涯はだんだん心許なくなるばかり。決まりだから仕方がないけどね」
「おばあさん、どうしておばあさんの口はそんなに大きいの?」
「それはね、さんざん使って来たから、伸びて大きくなってしまったのだよ」
「使うって、どういうこと?」
「結婚生活で使うのだよ。コウノトリやキャベツなんかが頻繁に出入りするのさ」
「まあ大変。それは賑やかでご苦労なことだわ」
「でもおじいさんが死んでしまってからは、もう使わないので大丈夫だ」
「じゃあ、さっきの木こりさんとの肉体関係は?」
「そんなこと年寄りに訊くもんじゃないよ」
「おばあさん、何だか今日はご様子が変ね」
「赤スキンや、そろそろお帰り。今日はありがとうよ」
「だってさっき来たばかりよ?」
「いいからお帰り。オオカミが出るといけない」
「まあ、おばあさん。狼は乱獲でとうに絶滅したのよ?」
「ああ、間違えた。クマだったね」
「熊なんか出ないわよ? 生息が確認されているのは四国までだもの」
「そうだったかね。でも早く帰らないとお母さんが心配するだろう」
「お母さんはゆっくりしていらっしゃいと言ったわ」
「そうかい? わたしには早く帰してくれと言っていたけどね」
「本当?」
「嘘なんかついてどうする。お母さんのお言いつけを守らないと、おばあさん肩身が狭くなるのだよ」
「どうして?」
「親と子にはね、立場と、葛藤ってものがある。立場と生殺与奪権の逆転も含めてね」
「ふうん。むずかしくてよくわからないわ」
「今にわかるよ。骨肉までも、ひひひ!」



≪下々の言葉≫

凡学評論家  小林オカズ
「まるで雨後の筍ですよ、あれは」


秘境探検家  川口 岳
「コロンビアで毛ジラミをうつされた時が一番危なかった」


恥知らず俳人  胤堕三等
「分け入つても分け入つても、茫」


陰甫派作家  砂防林森太郎
「黒いほむらのような、或は肉色の髭柏餠のような女の秘部を見下ろすと、自分はこんなに遠くへ来てしまったと思う。
少年時代との隔絶である。その度にわたしは母の記憶をこうして犯し直し、父親になると云う罰を受けねばならない。
インセストの観念は即ち自己処刑としてのイムポテンツへ至る道に他ならないのだった。
何故と云えば親父と女を共有するエヂプスの蹉跌は息子たる者の敗北である。アグリッピナを知ったネロ、ガアトル
ウドに売笑を見たハムレットが自滅の道を歩んだように、自らが生じ来た母に女を、出会った女に母を重ね見る男に
もはや緑の谷は望めない。その上親父の轍を踏み肉慾と引換えに子の父になる罠に落ちてしまえば、男としての存在
理由を一生活手段へと貶められ、社会的の属性さえ唯一人の女に牛耳られて生きねばならぬ。かてて加えて両性の因
業を黒々と見せて古代へと続く(決して未来では無い)、今やだらしなく開いてぬめぬめと誘う洞穴を見下ろす時、
こんな事を毫も考えぬ女、この性惰な生き物に対する厭悪、侮蔑の念も生ずるからである。
ここで男の取るべき道は三つしかない。己が眼を潰して女房の座頭に生きるか、或は身体を去勢して宦官にでもなるか
出家するか、又は衆道に鞍を替えて遠ざかるか。しかしいずれの蛮勇も自棄ももない男は如何したらよかろう。

わたしは女から逃げる為に新しい女へ裏切り、その新しい女も懇ろになるや円みを帯びた白い肉体となって、わたしを
脅かして来るのであった。蕾のようであった女は鈍感で癇症になり、わたしに仕える傍ら口煩く躾ようと干渉し出す、
わたしに期待し出す。此の関係性に公正な取引など有り得べくもない。第一、わたしを所有する者を如何してわたしが
所有出来ようか。(略)
結局、男は代母にでもならぬ限り親になれはしない。父親などと云う役割が元来哺乳動物に有りはしないが故である。
人間の雄は皆此れの侘しい演者に過ぎない。そして乳母はいずれ御役放免になる。母は二人要らぬ。それどころか狩り
漁り耕す者としての役割さえ、産業革命の如き機械化が進めば必要とされなくなるであろう。
体力と膂力を誇って人間の雄達が資産価値を独占する父権社会の化けの皮は剥がれ、繁殖用具に過ぎぬ我々本来の姿が
愈々いよいよ露呈してしまう未来を思えば暗澹とする。家族と云う共同体の末席を穢す事さえ許されなくなるのは必定だ。
見よ、半人前とされた時代の終焉と共に女達は早速共同体を作るだろう。一人が働きに出れば、一人の女が其子と吾子と
を抱いて家庭を看る。何となれば、乳房は二つ有るのだ。」
 
                             『ヰタ・デヰスアビリタス』より抜粋


19世紀の哲学者  ゲルハルト・ハゲルツマン
「陰毛。これほど馬鹿馬鹿しいエクリチュールがあろうか」


『週刊トレンドセッター』 編集長 柴田腎虚
「テーマが古いね。トーシローはこれだから。時代は牛鼻毛*だよ、牛鼻毛」

                          *牛鼻毛 … 福島県相馬市内にある地名。現在、静かなブームを呼んでいるとかいないとか。



後書き:
今回の「陰毛を考える」に続き、次回は 秋の総力特集・「宿業を考える」第1回として、千葉県水道局敷設の塩ビ管から湧き出す上水で洗えば
手淫が増えると全国から人々がさして訪れない指洗い弁財天のルポをお送りする予定です。



散文(批評随筆小説等) 夏の総力特集 ・ 「陰毛を考える」 最終回 Copyright salco 2010-07-27 21:51:44
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