咲の婿取り
salco

葉月八日は身のためゆうて
この日は誰も船出しやーせん
凪いじゅうても泣き見るがやき
昔の昔はほりゃ無茶わやするもんもおったけんど、
へんこつ、権太が目にもの見せちゃるゆうて
葉月の八日に船出しよったけんど、
凪いじゅうても泣き見たがやき
いきおいでと浜で身悶え嫁御がおめき
返して呉れんと親が寝つくだけやった
咲の婿に取られたのやもん
咲の屍は沖合八尋の底で今もゆらゆら揺られゆう
光も届かぬ地獄の底で今でもゆらゆら揺られゆう

葉月八日の子の刻に人身御供よ村のため
数え十五で海神様の嫁御になった
きれえな長い髪をしちょったそう
いつやらほれっちゃあずる剥けて
つぶらな目玉もとうに溶け、
小びんびどもの棲み家になった
草鞋も脱げた足括りの縄、石の上
轡も取れて唇も取れた大口開けて
海神様の嫁御じゃーなく庚申塚で
逢引きしちょった源次の嫁になりたかったと泣いちゅうが泣いているよ
目の無い目から涙を流し
孕みたかったと虚ろの胎で悶えゆう
乳含ませたいと白い肋であがきゆう

何のあてに咎あるろう、たとい潮の変わろうが
何のひとに幸あるろう、たとい腹の朽ちようが
此処はひやいよ、此処は暗いよ、何も見えん
ひとりは厭じゃと縦波起こし、船へし折って
若いもんを真っ暗な御身の横座に引きずり込む
凪いじゅうが葉月の八日、
月の煌煌海原に照り映えゆうちゅうて
汀にも足入れよったらいかんぜの子はよ
咲の口説きの届く日やき
太いもんはソレ婿じゃ、うだいとくれ
こまいもんはコレ吾子じゃ、抱いちゃろと
ぐいと引きに来よるきね



へんこつ … 偏屈者
いきおいで … 帰っていらっしゃい
小びんび … 小魚



自由詩 咲の婿取り Copyright salco 2010-07-25 11:02:36
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