ブックカバー
結城 希
「お会計の方が、560円になります。」
私は慣れた手つきでクラフト紙を折り
ていねいに本を包み込む
20代のOL風の女性は
ありがとうといって去っていった
電車に乗る私は
君が読む本のタイトルを知らない
私が読む本のタイトルを
君は知らない
そこは仮面舞踏会の社交場で
仮面の下の素顔は 意味を成さない
「何読んでるの?」
高校生の男女が
ひょいと仮面を外して
本を覗き込んでいた
――そんな眼鏡なんかしてるから、彼氏の一人もできないのよ
友人は言った。
――いいのよ、これ、気に入ってるんだから
私が強がりを言うと、
友人は困った顔で苦笑した。
彼女はグラスを空けると、
二杯目のマンハッタンを頼んだ。
伝票を始末する私の前に
誰かがそっと本を置いた
反射的にタイトルを読む
『しがみつかない生き方』と書かれていた
「カバー、お付けしますか」
私はいつものように訊ねる。
「いいえ、けっこうです」
と、青年はさわやかに答えた