やわらかな殻
るるりら
きのう手紙がとどきました。ふるさとのこころの箪笥から。
【前略 私は あなたの本当の母です。あなたは 親に「橋の下でひろってきた」と言われると喜んで、高貴な産まれを夢想するような娘でしたね。卵が先がニワトリが先かは、夕日が先が朝日が先かどうかと似ています。ニワトリが卵の後にみえるけれど、夕日がないと朝日はこないのです。
本当の母は私ですよ。私はいつも あなたの傍にいるのです。夏休みになりましたね。あなたには 何年の前から 私が あなたに課せた 夏休みの宿題を まだしてませんよ。あなたが宿題をするべきときがきたら、わたしは いつかきっと 蝸牛となって あなたの前に現れることでしょう。そのときが あなたの目覚めのときですよ。 早々】
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夜の川は 気配だけで したたります。眠らない 生き物も したたります。眠らない僕は したたりの気配の土手を歩きます。夜の川のながれの中に、一つの瓶が流れていました。 瓶の中身は、大きな地図なのです。「宝とはなにかを知りたければ 進め」
この町を遠く離れることを意味する地図でした。眠らないまま朝がきて
次の朝、ドアを開けるてみると かたつむりがいました。
かたつむりは しゃべりました。
「この宝を知っている。ひとりで行かねばならない。勇気をもたねばならない」ねば、ねぱ、ねばと かたつむりが いうのです。
ぼくは、かたつむりを ひろいあげて連れて行きました。「ひとりっていうけど、きみは つれていって いいってことだよね。きみは 一匹だもの」
地図の示すまま 坂道を
地図の記すまま 下り坂を
急なカーブを
息が切れて なぜか涙がでました。涙じゃなあないやいと思いました。涙か汗かわからなくなりました。 空気がいつもより ねばねばしていて
ここは ぼくのしらない町だから涙がでるんじゃあなくて すこしも こわくはないと思いました。
ずっと行くと 宝の近くだとおもえるところに 大きなとびらがありました。
あけようとおもいましたが 鍵がかかっていました。
僕はあわてて、鍵を探しました。
とびらの横、
木のかげ
なかなか 見つかりません。
ポケットにいた かたつむりが もぞもぞするので放してやりました。角を静からに ゆらせながら
とうめいな道を かたつむりは作ります。
ぼくは かたつむりって なんて 綺麗なんだろうと 思いました。
良く観ると この扉は なんて綺麗なんだろう
良く観ると この木のかげは なんて綺麗なんだろう
朝露がひかっています ぼくはどうやら 夜通し歩いていたようです。
扉のまわりの花々が朝露をうけて 咲き始めました。
花の咲く 速度が なんというか ゆるぎがないのです。
耳をすましてみると しゃらりしゃらりと ガラスののような音がします。
女の人がちがついていて「綺麗でしょ ダイヤの成るお花ですよ。
それが欲しいのなら 私といっしょに暮らしましょう。あなたの欲しいものは なんでも家来が探してくれることでしょう」
女の人の後ろで扉が開いていました。この女の人は 扉の向こうから来たのだと解りました。
僕は ダイヤの成るお花を まじまじと見ていると なにやら 怖い気がしました。ほんとうのお花のように萎えても やわらかいもののほうが 花らしいと思いました。
女の人に言いました。
「僕は 家来はほしくありません。ダイヤの成るお花は
僕にはどこか怖いのです。」
女の人は だまったまま 何時間かたったでしょう。
おひさまが より 一層 あがります。 女の人は 静かです。 かたつむりが 女神像の背中を這いました。かたつむりは女神像の肩とおしりを 同時に ねばねばと照らします。こんなちいさな像にも 望みがあるのだと知りました。
女の人に朝日が あたりました。女の人は 左手を しずかに天を指差し
「自由こそ 命。ヘブンブルー!」と言いました。天に突き上げられた左手のテッペンに朝日があたると 女の人の周りに とうめいな ぷにぷにとした巨大な朝露のような ものがとりかこみました。
「もういちど いいます。さあ この手を おとりっ!」そういって右手をぼくに差し出しました。
ぼくは ただ 綺麗すぎて ふるえてしまい でも綺麗すぎて てをのばして一度はそその手をつかもうとしたけれど ひっこめて身をすくませて硬く目を閉じてしまいました。
おそるおそる目をあけると、
そこには一体の女神像が立っているのでした。ただ 像は ぼくの両手におさまるほど ちいさな像なのです。女神像は 両手で石でできた鳥の巣を抱えていました。この人は いつも 石でできた卵を あたためてきたのだなあ。いつもいつも飛ばせたいと思いつづけてきたのだなあ。どんな ちいさなものにも望みはあるのだなあと 思いました。