餓鬼が嗤う
熊髭b
途切れることのない草の匂いにどこかしら恐怖を感じながら
俯瞰できずに彷徨う夢を見た
朝目覚めると 季節はいつの間にか
冬であった
*
「それは大きな巨人である」
昨日まで人々は、細々と噂話をしていた気がしたが
いったいどうしたことか
眼前では
自らの手に巨人の肉を携えながら
誰彼かまわず、自らの獲物を喰らうことに夢中になっている
分け与えもせず
いや
むしろ奪う必要のない飽食、と餓鬼が嗤う
よく目を凝らして観察してみると
喰らっているのは巨人ではなく
生まれる前の胎児のような肉の切れ端だった
あまりにも不気味な風景から逃げるように
見覚えのある高架下を
コンクリートの無機質を頼りにして歩く
背後では
「スピードを上げてはいけない」
「目玉を落としてはいけない」
「覚えるように歌ってはいけない」
と
妙なトーンの広報がまくしたてている
現実感の喪失にめまいを覚えながら逃げ込んだ
開発に取り残された裸地には
ハシバミの房がだらしなく垂れ下がっていた
思わず
その蛹のような暖薄色の中に潜り込んだのだ
自覚的に
そう
自覚的に
+
荒野に穿たれた┏| ̄^ ̄* |┛
刻み込んだ(∪。∪) と
滴るようなヾ(*'-('-'*)ノに
−===卍ヽ( ̄ー* ̄)た咀嚼が
ぼくらの唄
スピードをあげろ
目玉を落とせ
忘れられぬ
忘れられぬ
+
窓は開け放たれ
空気は循環していることが感じられた
他人の匂い
それは香水の種ではなく
その女の生活と肉体が伴った
甘酸っぱい体臭
記憶の端っこをとらえ損ねたのだ
「・・・記憶」
とその女の口から零れ落ちた瞬間
歴史を聞いている浮遊感に悩まされる夜がはじまった
肉欲的なその女は そのそぶりも見せずに
今日も記憶を語り 誘惑をはじめる
欠けているのは
盥ではなく水であった
暴力について ひとつの見解を得ることに成功した
*
ハシバミの房の陰が深く地面に塗られていた
しばらく房の陰だけが確かに思え
房の陰から躍りだしてくるものを期待した
通行人たちは
不思議そうに裸地に横たわる男の姿を
さして気にもせず
無言で通り過ぎていった
一様に寒い冬にうんざりした様に
コートの襟を深くたてているそれは
まるでコートの襟をたてるしか能のないもののように
造形はあっても創造が消えた街に手向けられた
夕刻の実存に
裏切られ続けた事実だけが残された
*
「さて」
と
小さな声で
つぶやく相手も見つけられず
今度こそ本当に紛れ込むことができるだろうか
何処に?
それはいったい誰のところに
古の書物は云う
求めることをやめなさい
愛しなさい 愛しなさい
がしかし
母さん その前に 避難訓練ができません
*
アパートの階段を昇り
いつもの扉を開けると
まるではじめからそうであったかのように
そこには生活があった
しんとした室内には
とうの昔に枯れてしまったハシバミらしき残骸と
ポルノ女優の消毒済みの笑顔のポスターが
家主を静かに迎えてくれた
いつもの風景に家主のほうがくたびれているようだった
*
どこかで草の匂いがした気がもするが
それは気のせいだったのかもしれない
*
TVをつけると
箱の中では餓鬼が嗤っていた