餓鬼が嗤う
熊髭b



途切れることのない草の匂いにどこかしら恐怖を感じながら
俯瞰できずに彷徨う夢を見た
朝目覚めると 季節はいつの間にか
冬であった





「それは大きな巨人である」
昨日まで人々は、細々と噂話をしていた気がしたが
いったいどうしたことか
眼前では
自らの手に巨人の肉を携えながら
誰彼かまわず、自らの獲物を喰らうことに夢中になっている
分け与えもせず
いや
むしろ奪う必要のない飽食、と餓鬼が嗤う

よく目を凝らして観察してみると
喰らっているのは巨人ではなく
生まれる前の胎児のような肉の切れ端だった
あまりにも不気味な風景から逃げるように
見覚えのある高架下を
コンクリートの無機質を頼りにして歩く

背後では

「スピードを上げてはいけない」
「目玉を落としてはいけない」
「覚えるように歌ってはいけない」


妙なトーンの広報がまくしたてている


現実感の喪失にめまいを覚えながら逃げ込んだ
開発に取り残された裸地には
ハシバミの房がだらしなく垂れ下がっていた

思わず

その蛹のような暖薄色の中に潜り込んだのだ

自覚的に
そう
自覚的に





荒野に穿たれた┏| ̄^ ̄* |┛
刻み込んだ(∪。∪) と
滴るようなヾ(*'-('-'*)ノに
−===卍ヽ( ̄ー* ̄)た咀嚼が
ぼくらの唄

スピードをあげろ
目玉を落とせ
忘れられぬ 
忘れられぬ





窓は開け放たれ
空気は循環していることが感じられた
他人の匂い
それは香水の種ではなく
その女の生活と肉体が伴った
甘酸っぱい体臭 

記憶の端っこをとらえ損ねたのだ


「・・・記憶」

とその女の口から零れ落ちた瞬間
歴史を聞いている浮遊感に悩まされる夜がはじまった
肉欲的なその女は そのそぶりも見せずに
今日も記憶を語り 誘惑をはじめる

欠けているのは
盥ではなく水であった

暴力について ひとつの見解を得ることに成功した





ハシバミの房の陰が深く地面に塗られていた

しばらく房の陰だけが確かに思え
房の陰から躍りだしてくるものを期待した

通行人たちは

不思議そうに裸地に横たわる男の姿を
さして気にもせず
無言で通り過ぎていった
一様に寒い冬にうんざりした様に
コートの襟を深くたてているそれは
まるでコートの襟をたてるしか能のないもののように
造形はあっても創造が消えた街に手向けられた
夕刻の実存に
裏切られ続けた事実だけが残された





「さて」


小さな声で
つぶやく相手も見つけられず
今度こそ本当に紛れ込むことができるだろうか
何処に?
それはいったい誰のところに

古の書物は云う

求めることをやめなさい
愛しなさい 愛しなさい


がしかし
母さん その前に 避難訓練ができません 




アパートの階段を昇り
いつもの扉を開けると
まるではじめからそうであったかのように
そこには生活があった
しんとした室内には
とうの昔に枯れてしまったハシバミらしき残骸と
ポルノ女優の消毒済みの笑顔のポスターが
家主を静かに迎えてくれた
いつもの風景に家主のほうがくたびれているようだった





どこかで草の匂いがした気がもするが
それは気のせいだったのかもしれない





TVをつけると 
箱の中では餓鬼が嗤っていた



自由詩 餓鬼が嗤う Copyright 熊髭b 2010-07-13 20:03:07
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