嘘つき
たもつ

 
 
梅雨の湿った風に吹かれいると
いつの間にかぼくと妻は
古ぼけた感じがする列車の
最後尾の座席に並んで腰掛けている
列車はカタンカタンと
紙のイメージの中を
ゆっくりとしたリズムで走り続ける
「点滅する踏切の警告灯」も
「民家の網戸から見える襖」も
「数えたシラサギの数」も
すべて文字でしかないのに
妻の手を握ると
二人とも生きているのが当然のように
汗ばんでいる
やがて列車は紙の縁にたどり着き
先頭車両から真っ逆さまに落ちていく
落ちた先には
普通の形のビジネスホテルがある
フロントで予約していた名前を告げ
部屋番号のついたキーを受け取る
靴を脱いでベッドに倒れこむ
妻がぼくの靴も揃えてくれる
年を取ったらきみの故郷に帰って死のう
そう言うと必ず
嘘つき
と妻は言う
 
 
 


自由詩 嘘つき Copyright たもつ 2010-07-12 22:10:44
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