洞窟の夢
吉岡ペペロ

夢にまたあれがでてきた
あれいらいだ
シンゴが洞窟を持ってしまったのは

女の子との別れならいくつも経験していた
それまで好きで別れたことなどなかった
そんなお人よしではなかった
連絡を取り合わずに時間をかさねてゆけば誰とでもきれいに別れられた

さいごに会ってからもういちねんがたつ
ヨシミとの別れはきれいとは言えなかった
いちにちに何千回もいまだに

海の音は波の音ではなかった
貝殻を耳にあてたら、海の音がきこえるよ、
海の音ではなかった
波の音ではなかった
こぉぉぉぉ、ときこえるのは海のなかの音だった

さよなら、さよなら、
ひどい言葉だよな、さよならなんて、
ひどいこと言わなきゃ別れられなかった
さよなら、さよなら、
ぼくはふせた目をあげてヨシミに合わせようとした

あれ、どこにもいない、向こうの信号にも、ヨシミの家のほう?
いない、見えない、電動だ、電動自転車のせいだ
ぼくはふつうの自転車のイメージで目をあげていたのだ

さよならぐらい、ひどい仕打ちだよ、
あれからぼくは、洞窟のなかを、胸の内に飼うことになったんだ

優しい言葉かければよかった、電話しようか、なんで?
別れるんじゃないのか、さよなら、さよなら、ひどい言葉だ、なんでオレがあいつ、傷つけなきゃならないんだ、

電動自転車のせいだ、油断していた、
イメージってやつが、この野郎、さいごのヨシミはどれだ、どれだっけ?
海の音なんてしないよ、貝殻は、波の音なんてしない、耳あてたって、海のなかの音がするだけだよ、

ぼくは置き去りじゃないか、

洞窟のなかにいた

海のなかの音も消えた
大型スーパーの駐車場
音のない洞窟でイメージとバトルした
さがしたけど、で、負けたのだ
置き去りになっていた

イメージはじぶん中心の話だな、

もろいもんだ、見えない、いない、ヨシミの電動、自転車、さいご、ここは、洞窟じゃないか、はっきり洞窟じゃないか、

きのうきょうの夢のような気もしたが半年まえだってそんな気がした
シンゴはもう洞窟の夢をいちねん見ていた
貝殻の音はそこにはなかった
だから海ではなくて洞窟だった
よこでする妻の寝顔が、ヨシミのそれのように見えた

きょうも雨だろうな、こんなに朝が青いんだから、

ひんやりとした寝室は青い影だけが湿気の予感をはらんでいた
また胸の内から洞窟がでてきそうでベッドを転げるように落ちて浴室にむかった

浴槽を加熱するボタンを押すとピッと音が鳴った
電気をつけっぱなしにして水道をだしっぱなしにして便器にまたがった
きのう見た夢かきょう見た夢かいちねん見続けている夢かシンゴはまだ考えていた
寝室につづく廊下を見つめていた










自由詩 洞窟の夢 Copyright 吉岡ペペロ 2010-07-12 21:39:01
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