僕は雨を待っていた
きりえしふみ

僕は雨を待っていた
長い間砂漠となっていた心の中で
僕は 『欲しい』と口にしなかった
涙だけを糧に過ごした
黒いインクにそれを混ぜて
別の夢を紙上に起こした
別の夢想を組み立て 陳列した
観客にさえ その飢えを口にせぬまま

もう長い間僕は夜を待っていた
四六時中明々とした書庫や木漏れ日の中に隠れて
光の彼方の夢とねんごろになった
秘密を頑なに押し殺したまま
恋人となると 接吻した

 飛翔したい分
 落下をしたかった
 ……誰かの手のひらの上へ

 身軽になりたい分
 引き込まれたかった
 ……知らない誰かの瞳の黒き闇の中へ

僕は願いを口にしなかった
ただ無言で雨を待ちわびた
(それは罠ではなかったか?)
めかし込んだ衣装を 剥ぎ取る手を
僕の色をすっかり奪ってしまう程の戦慄
『今まで』を跡形もなく 引きちぎる手を

 ただ無力に
赤子のように なすすべもなく
泣いてみたかった
困窮したかった
疑いたかった
求めたかった

『欲しい』と伸ばした手を
誰かに受け止められたかった
その誰かが創造した闇夜に 引き込まれたかった
そこでひっそりと穏やかに 生きてみたかった

 この鎧を脱いで

僕は涙の雨を待っていた
認められた数万行の詩句を滲ます程の
激しい雨を待っていた
ふいに僕から 『……』を引き出す程の

(c)shifumi kirye 2010/7/3


自由詩 僕は雨を待っていた Copyright きりえしふみ 2010-07-09 08:04:18
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