「喪失」
ベンジャミン

さようなら
と、呟いて見送った涙
呟いた、さようなら、は
涙にむかって
そう
わたしの中でもっとも純粋な
透明な、わたしだった
抜け落ちる髪よりも
切り取る爪よりも
わたしは、ただ悲しかった
透明なわたし、に
どれほどの景色がうつっていただろう
わたしの、からだの中で
大切にしていたもの
それが、そのとき
たしかに失われたことを
さようなら
と、一言で見送るには
わたしは、まだ成熟していない
だから
そう簡単には流すまい、と
思っていたのに
ごめんなさい
わたし、
約束するほどの強さもなかった
台所のテーブルで
ガラスのコップにいれた水を飲む
何も知らない、無垢な液体を
わたしの、からだへ流し込む
そうやって満たされるものなんて
本当は存在しないことを
知って、いたけれど
さようなら
と、呟いて飲む
冷たい衝撃が、からだの中心で
音もたてずに暴れている
わたしは、嘔吐する
ごめんなさい
と、呟いて
きっと、わたしは飽和している
この蒸し暑い夜のせいでなく
自分という世界の中で
大切なものは
過去、にしたからでしょうか
これからも生きてゆく
わたしに、
コップ一杯の水さえも
このからだは拒もうとする
それを、喪失と呼ぶなら
わたしは、もう泣くこともない
そんな、きれいなものは
もう残っていない
ごめんなさい
透明な水、
わたしの中に入ってこれない
もしかしたら、やさしく
あたためてあげられたかもしれない
そんな見えない、未来を
わたしは、氷にして
噛み砕く



自由詩 「喪失」 Copyright ベンジャミン 2010-07-09 02:14:37
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