親密なHello
なを
もう出会うことのない
未来の恋人たちに
かすかに血の匂いのする親密な
Hello
自転車の荷台にフランチェスカが座る
バスタブのお湯がフランチェスカのぶんだけあふれる
回送電車の内側にひかりが満ちて床に流れる
フランチェスカのスカートみたいにね、Hello
無言電話のむこうでフランチェスカが呼吸する
Hello,hello,hello
(遊泳場の沖には黄色いブイ)
神戸あたりはきっと風の吹きはじめたころ
京都あたりにはもう雨が降り出して
わたしはまだ降らない雨を
まちながらTシャツの裾から手をすべりこませて
クリーム色の乾燥した肌を
撫でて、死んだ子供のことを考える
すみやかに大量に死んだ子供のことを
ゆっくりと孤独に死んだ子供のことを
親密なHello,
の、ように乳と蜜の匂いのする髪を噛んで
死んでしまった子供のことを考える。薬品と清潔なシーツの匂いのなかで
死んだ子供のことを。糞尿と血の匂いのなかで死んだ子供のことを
わたしはあなたのうつくしいかたちのてのひらをつかんで
あなたの歪んだ身体と感情に溺れるように
黄色いブイのむこうまで泳いで
死んだ子供の重さのせいで海の水があふれて
フランチェスカ
あなたの足首まで苦い水が浸して
ごめんね
ぜんぶわたしのせい、だなんて
自分勝手なあまい言葉は砂糖漬けのチェリーのようで
アイスクリームが溶ける
死んでしまった子供たちに
無為なお祈り
砂のうえにチェリー
遠い雷にみみをすます
無言電話のむこうの呼吸音が
ふたり乗りの背中で弾む
あふれる世界のバスタブの
親密なHello
Hello,
Hello
(初出/「miel」2号 藤坂萌子発行)