会話で起きたこと
プテラノドン

彼にその一件を報告すると、驚いて携帯をベッドの隙間に落としてしまった。
「どうしたの?」と隣で裸で寝そべる女は言った。
「女の娘?」と嘯く彼女を彼は無視しして、さっさと服を着ろといい、
これから酒を飲みに行くぞと、ホテルを出て行く。
5分も歩けば居酒屋に着くのだが、たまらず彼は、コンビニに寄って
ビールを買って飲みながら歩いた。夜風はぬるかったので
しみったれるのには不向きだった。彼は伸ばし放題の髪の毛をきつく縛った。
彼女はその姿が好きだ。空き缶は店先のゴミ箱に放り投げた。
呼び込みの店員はしかめ面をして、鼻をくんくんさせて自分独自の
薬物検査をした。そいつには、友人の頭で起きている脳作用を、
そこにある言葉を一生理解することはできない。二人は始発まで
酒を飲み続け、彼女は家に帰り、彼はそのまま仕事に向かった。
上野駅のホームに到着した列車の前での別れ際、彼女は彼に
キヨスクで買ったビールとウーロンハイの入ったビニール袋を渡した。
「これから仕事なんだぜ」と彼は言ったが、彼女の気の計らいが大好きだ。
結果からいうと彼はそれを飲まなかった。座席に座ったが眠らずに、
袋をぶら下げたまま、目を閉じただけだった。楽しい出来事のあれこれに
思いを馳せながら列車に揺られているのは、この上なく、
心地いいものと感じた。改札を抜けた彼は職場までの歩道をサッカー少年が、
サッカーボールを入れたネットを蹴りながら歩くように、
缶ビールを蹴りがら歩いた。だから、
「振り回したからじゃなくて、蹴っ飛ばして飛んでったんだ」と彼は言った。
そして僕は今、満員電車の釣り革につかまりながら、床に転がっていた
潰れた空き缶から流れでる液体の行方をぼんやり見ていた。
野球ナイターの帰り道であろうカップルを見てはっとした。
今朝、母親から聞いた親戚の女の子の話を思い出した。
スチュワーデスをしている彼女は僕より三つ年下の女の子で、
海外を行き来する合間に、父の日に、二人で見に行くための野球の
ペアチケットをプレゼントした。その時、父親がどんな表情をしたか?
どんなアホでも想像つくだろう?父親の兄弟が倒れて緊急入院して、
野球観戦どころではなくなってしまった、その時の二人の表情も。
病院の待合室か病室で、「どっちが勝ったのかな?」などと
小声で会話しているかもしれない。もちろんそれは
列車の車内であっても構わない。けれど、試合結果なんて
どうだっていいんだよ。


自由詩 会話で起きたこと Copyright プテラノドン 2010-07-08 04:25:06
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