地下鉄
靜ト
地下鉄で前にいた高校生が
シンショー、シンショー、
とにやけているので
その視線の先をたどったら
ひとりの青年が楽しそうに何かのまね事をしているのだ
手で何かを大切に受け取る動作
それに手を加える動作
それを誰かに大切に渡す動作
一心に繰り返し、汗をかいている
高校生がばかにしたように言う言葉が
私の中で漢字になった瞬間
何とも言えない怒りと冷や汗が一気に湧いた
殴り掛かろうかと思って何度も拳を握ったけれど
私にそんな勇気はなくて
次の駅で高校生は降りてしまった
くやしいような情けないような、ほっとしたような気持ちになる
人がどんどん降りていくなか、彼はそれを繰り返していて、なんだかおまじないみたいに見えた
私が降りるとき、彼が急に振り返って
「ありがとうございました」
とはっきり言った
服のワッペンに○○作業所とあるのがみえて、すぐにそれが彼の仕事のイメージトレーニングの一部なのだと気づいたけれど
私は走り出した地下鉄のそばで、その言葉が渦巻いて、しばらく立ち尽くしていた