ブルースは熱と湿度で少し間延びしている
ホロウ・シカエルボク
真夏がアスファルトに喰らいついてる
だらりと垂れた野良犬どもの舌は
桜のころより一〇センチは長くて細い
渋滞気味の二車線に鳴り響くクラクションのブルース
運転席にいる連中はみんながみんな
万物の神にでもなったような傲慢さで憤っている
Aマイナー鳴らしたときの
6弦の響きが良くないって
ソフト・ケースを背負った男が携帯電話にぼやいている
アイス・クリームの屋台に座った若い娘は
滑稽なくらいの日焼け対策をしてファッション雑誌に視線を植樹している
長い休みを取って
海沿いでしばらく呆けていたいとやつれた友達
曖昧な返事をして俺はディスプレイを睨んでいる
今日中に何かを書かなくちゃいけない気がするんだ
誰にせっつかれたわけでもないけれど
今日中に少しマシなものを書いておかなくっちゃ
近頃は平日に脳味噌なんか動きゃしないから
マルティン・ルターの本が置き忘れられたマクドナルドで
子供だましみたいなアイス・コーヒーを飲んだ昨日のこと
長いこと音沙汰なしだったクラスメイトが連絡してきた
もしも選挙に行くならだれそれに投票して欲しいって
どこにでもよくあるくだらない話さ
多めの塩で茹でただけのフェットチーネと
小さじの先端分だけ濃いインスタント・コーヒー
たいていの空腹はそれだけで沈黙する
テレビをつけたら今夜の特番で
未確認飛行物体の特集をやるって叫んでた
はん
この世の中にあるもんがすべて確認出来るって
そんなこと考えてるバカがどっかに居るんだな
流しの窓から見る北側の山は
企んでるみたいな雨雲で埋め尽くされていた
ひどい夕立が来るかもしれない
雨雲は覚悟を決めたみたいに
イブニング・ドレスみたいなその姿を少しも動かさなかった
今夜の安らかな眠りは諦めた方がいいかもしれない
だけど午前のまだ早い時間から
夜のことなんか考えてもなんの意味もありはしない
特別意味のある毎日なんか意識して暮らしてるわけじゃないけど(そんなことしてたら社会的生活のほとんどに絶望しながら日々を生きて行かなくちゃいけない)
気が向いたら出来るだけのことはしておきたいからね
かけといた方がいい電話と出しといた方がいいメール
だけど特別緊急ってわけでもない
だけどそれなりに気をつけておかないと
特に電話はいつでも最後尾に回しがちだから
汗くさいシャツを着替えてそこらに散歩に行きたいけれど
あいにくあちこち覗き込みたくなるような気分にしてくれる金額は
ここ数日財布の中にあったことがない
だから今日中に何か書いてしまわなくちゃ
寄り道出来ない状況の中に俺は今いるんだから
寄り道出来ない状況の中にいるってことは
後になってどんないいわけも使えない状況の中にいるってことだから
証なんて呼べるほど大それたものじゃないけれど
しいて言うなら作業日報みたいなものさ
特別ナーヴァスでアウトサイドな
至極個人的な作業日報みたいなものなのさ
厭味ったらしくカーソルが白い画面の上で点滅するから
そいつを出来るだけ先に歩かせてやらなくちゃ
だから今日はもう誰も電話をかけてくるなよ
ぼやくために俺を利用するなよ
ジメついた夏に厄介な情報を山積みするなよ
ささやかなことだけれど俺にはやっておかなくちゃいけないことがあるんだ
だからもう誰も俺のことを連れだそうとするなよ
俺は楽しませてもらうよりは楽しみたいんだ
本当に心を躍らせてくれる出来事はきっと自分の中にしかないのさ
どこを触れば感じるかなんて
一番知っているのは自分自身で間違いないだろう
そんなことはいつでも試すことが出来るんだから
やらないよりはやっておいた方がマシなのさ
時々コミックを読んだり
セクシーなピンナップを見たりしながら
これだけは最後まで書いておかなくちゃいけないんだ
気付いたら空は曇り始めていた
北の空にいた雨雲がやってきたんだ
ずいぶんと足を速めたもんだな
この季節は誰でもがさっさと用事を済ませたがって
そのくせなかなか簡単には片付かなくって
まったく閉口ものときたもんだ
野良犬も
ギタリストも
アイス・クリームの売り子も
休暇を欲しがる友達も
マルティン・ルターをマクドナルドに置き忘れた間抜けも
とりあえず
雨宿りだぜ
俺は
ディスプレイを離れて
洗濯物を取り込む
まったく
すっきりと乾くまで
ちっとも
待ってくれやしない