都市風景(81〜100)
草野春心



  81.

  太陽の真実を
  月が省察している

  82.

  会議室のホワイトボードに掲げた
  サハラ砂漠のレントゲン写真
  言葉は保冷剤ほどの値打ちもない
  むしろ沈黙こそが
  光となり闇を照らす

  83.

  古い本の頁を行く永遠の女の子に
  かくれて口づけたあの日
  重ねた手と手のすき間のような
  うすら寒い時間のせいで
  僕は僕自身とさえ隔てられ
  我々が歳をとってゆくときの
  静かな金属音がきこえた……

  84.

  ラジオからあふれる高校野球の騒音にまぎれ
  遠い戦場の遠い作戦が伝えられる

  85.

  たとえ時代が泡とはじけても
  汚臭と残骸にまみれながら人は生き延びる
  たとえ時代が風と消えても
  人はその風を憶えている

  86.

  感情は
  むなしい果実

  87.

  葡萄ジュースをこぼしたような醜い空が
  ガラスのビルにそのまま映り
  都市という名のダンスフロアは
  無意識の殺戮者で満ちてゆく

  88.

  夏のデパートの
  食品売り場で少年たちの
  物憂い思い出がつくられてゆく

  89.

  靴紐をほどいて
  飛べ

  90.

  むしろ貪欲な
  輪廻転生

  91.

  僕の記憶と君の記憶
  その間に流れる
  薄暗くしめったものを
  きっと愛と呼ぶのだろう

  92.

  床に
  ころがる
  ペットボトル
  藍色の
  カーテンの向こうに
  世界の終り

  93.

  街の破片は
  心臓に突き刺さったまま
  街の痛みは
  誰にも理解されないまま
  街と僕らは背中合わせに進む
  距離
  距離
  距離

  94.

  冷房症に罹った
  家畜たちの夕暮れ

  95.

  水辺で
  ささやかな光を交わす
  僕たちの独り言

  96.

  闇について言うべきことは何も無い
  沈黙について言うべきことが何も無いように
  しかし生について
  性について死について詩について
  光について
  我々の言葉は消費されるだろう
  なにしろ
  在庫だけはたっぷりある

  97.

  男は女を抱く
  おろしたてのシャツの
  なめらかさを確かめるように
  女も男を抱く
  新しい記憶を新しい身体に馴染ませるように

  98.

  空白
  虫たち
  空白
  虫たち……

  99.

  いつか
  太陽も月も
  街の灯りもない
  本当の光の下で会おう

  100.

  世界を
  喩える比喩になって死のう
  君を
  うたう詩になって
  生きよう




自由詩 都市風景(81〜100) Copyright 草野春心 2010-07-03 14:15:38
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