駅で分別されずに捨てられたゴミのエピソード
プテラノドン
タクシー運転手の吉川さんが、こちらに向かって歩きながら
「昨日の夜、見たこともない美人を乗せたんだぜ!」と大声で話しかけて
きたものだから、窓を開けていた他のタクシーの運転手連中が
どこで乗せたんだ、ずるいぞお前と、めいめい叫びだした。
「ビジネスホテル、ビジネスホテルだよ!東京から出張で来たんだとさ!」
吉川さんは、面倒臭そうにサングラスを磨きながら言ってみせた。
「お前らも彼女を見たら惚れるぜ」彼がかけていたサングラスには、
彼女の姿が映りこんでいるんじゃないかと思った。
彼は仕事中ずっとサングラスをかけているし、本当に昨日の話なら
まだ間に合うはず。そんな、今朝の話はどうでもいい。
昨日の朝、駅前で施設に向かうバスを待つ少年が
空を飛ぶ飛行機のシルエット(正確にはその音だ)に向かって
何度も手を叩いて合図している姿を見て、今日はえらく上機嫌だなと、
吉川さんは言った。他のタクシーの運転手達も僕も皆、
眩しそうに空を見上げて上機嫌に笑ってた。一番笑っていたのは、
自転車で毎朝ロータリーにやってくる白髪のおじさんで、その人は、
当時この辺りでは珍しく野球推薦で大学へ行ったものの、
試合中にボールが頭に当たったことが原因で、大学も、野球も
辞めることになった経歴の持ち主だった。彼が口にすることといえば
死んだ兄についてだった。その際、一つの約束事のように、
自転車のカゴに入っていた野球グローブとボールを見せることになっていた。
それに纏わるエピソードをここで書くことはできない。
吉川さんから口止めされているからだ。かろうじて僕が言えることは、
ゴミ箱に捨てられた、或いは溢れかえって散乱している
日用品の数々(オムツまで投げ込まれている)についてである。
「選ぶことは捨てること」僕は吉川さんにそう教わった。
駅前のゴミ箱に捨てられていたモノの多くは、
吉川さんが捨てたものだ。