宇宙のものまね(2)
吉岡ペペロ
カワバタとこんなにながく歩いた
ふたりともなにもしゃべらなかった
最愛ってなんだと思った
仕事がらカワバタはホテルに顔がきくようだった
いつも車に乗り込んでから食事かホテルでゆっくりした
カワバタが仕事で泊まっているホテルに会いに行った
ユキオとデート中のときだった
むかしお世話になってたおばさんに挨拶してくるから、そう言ってユキオを車に待たせた
その部屋には天然温泉がついていて遊びにくるかと誘われた
ヨシミはそれを思い出してユキオにではなくじぶんにひどいことをしたような気がした
ヨシミから口をひらいた
シンゴのわるいとこ言っていい?
え、いっぱいあるからなあ、
いっぱいはないよ、
なに?
悲観的なとこ、
ハッ、そうか、オレ悲観的か、
シンゴがすごいひとだって知ってるよ、
どこが、しがないサラリーマンだよ、
そこ!
ヨシミがふっと自転車を走らせてとまった
カワバタがうしろから抱き締めてくるだろう
カワバタとはいまどれくらい離れているのだろう
きょうどんなふうに夜になったのだろう
夜になりきれていない群青が広がった
そこに曳かれた影を見つめていた
あれはあたしのカルテだ、
あたしそのものだ、
相殺されずにのこってしまった、あたしそのものだ、
ヨシミは真摯にも虚ろにもなっていた
カワバタが声だけになっていた
あたしは、このままでもいいよ、
じぶんが言ってる意味が分からなかった
カワバタが訳してくれたらそれでよかった
さいきんさ、海外いくたびに、ほんとうは祖国で暮らしたかったのに、外国の片いなかで暮らす貧しい男の気持ちになる、
シンゴにもう、あたしという商品、あげられない、
そうか、
ヨシミはカゴを見つめて言った
カワバタからなにかを奪っていたのだろうか
なにかを奪っていたんだきっと、
タイから帰ってきて、おまえと会いたいの、がまんしてた、
勝手なこと言うな!
じぶんの声がさっきのファドのような歌声だと思ったら泣いていた
ふたりとも泣いていた
ヨシミにはそれは見えなかった
カワバタが雨上がりのような顔をして宙を見ていた
そうやってなみだをこらえていた
それは明日晴れるかなと空を見ているようでもあった
生理のお話しなんかじゃくやしかった
これも自然界のお話しなの?
自然のお話しなの、シンゴとヨシミはちがうと思ってた、
そう吐き出すように言ってヨシミはカワバタのまえでこそ実は普段のじぶんではなかったのかも知れないと思った
じゃあなにを飾っていたのだろう
カワバタはいまどこにいるのだろう
うしろにいるんだ
この距離はきっとなにかに似ていると思った
ヨシミは記憶をさがしていた
オレたちに悪意なんてないよな、
分かってるよ、ヨシミにはカワバタが言おうとしていることがほんとうに分かっていた
運がわるいわけでもない、ちいさな声だった
みんな宇宙のものまねしてるんだ、ものまねしてるだけなんだ、
ヨシミはさがしていたものを見つけたような気がした
意地悪なんかないよね、あたしたち、運がわるいわけでもない、みんな宇宙のものまねしてるんだ、
どうしようもないことは、・・・・カワバタがちいさく言ってヨシミのそっと肩を抱いた
あたし、シンゴの応援してる、
応援?
あたしなにもしてあげられないじゃない、
応援って、愛より弱いのか、
ヨシミはなにも考えなかった
カワバタの言葉を考えないことがはじめてのような気がした
カゴのなかの花を見つめていた
お花は宇宙のなにをものまねしているのだろう
ヨシミはカゴからなんでもバッグをひっぱって、そして中からサンドウィッチを取り出した
ラップでくるんだふたつぶんのひとつをカワバタにあげた
それを立ったまま黙って食べた
トマトにパセリと粉チーズをふりそれをトーストにはさんで焼いた
鼻がつんとしてしびれていた
手首でなみだをぬぐいながら
カワバタとサンドウィッチを食べるのはこれがさいごになるのかも知れない、と思った
ふたりがまた歩きだした
なんでもバッグからCDの歌詞カードを取り出してそれをカワバタに渡した
ヨシミは歌を歌いはじめた
あ、この公園、薔薇の公園、夜だから白いのしか見えないけど、こっちはんぶんは赤なんだ、
このマンションはね、ヨシミは芸能人の名前をあげここに住んでいるのだと教えた
ここにこれから、たくさんアジサイが咲くんだ、アジサイって、インタビューしてくるマイクみたい、
ヨシミはカワバタよりだいぶさきにいてカワバタがそのあとを歩いていた
河川敷にでるとそこをおりた
カワバタがヨシミのそばに追いついた
なんでもバッグからヨシミはシャボン玉を取り出した
ドラえもんかよ、
カワバタが笑ってる
あたしからいくね、
ヨシミがシャボンをふいた
それはなんの前ぶれもなくあらわれた銀河のようだった
カワバタのスーツにひとつつきふたつつきしてあとは夜気にのって消えた
シンゴ負け!
カワバタがオレによこせと言っていやがるヨシミからシャボン玉をうばった
カワバタがふくとさっきよりも銀河がうまれた
向こうのほうにしか町あかりは見えない
なのにどこにあるひかりを吸ってシャボンは銀河なのだろう
シャボンが夜気にながれた
ヨシミは上半身だけうごかしてシャボンをよけていった
その動きが可笑しくてカワバタがたくさん笑っている
おまえ、さては練習してたな、
だってヨシミは天才だもん、
カワバタがまたふいた
生まれては消えてゆくシャボン
ひかりを吸って白い影になったシャボン
夜気がやんでヨシミにちいさなひとつぶがついて負けた